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第二話 同じ空の下

 聖歴せいれき二十五にじゅうご年 エメラルド月四日。

 エターク王国、首都オレオール近郊の森。


 時刻は夜。茜空が夕闇に呑まれる頃。

 鬱蒼うっそうと茂る木々に覆われ、闇に支配されゆく森の中で、赤と黒の軍服を纏った騎士達は獣と相対していた。


 彼らは、魔獣出現の知らせを受け、討伐に赴いたエターク王国が誇る精鋭部隊の騎士。

 特務部隊の団員である。


 獣は複数。闇夜でも視認出来るほど禍々まがまがしい黒いオーラをまとい、血のように赤い眼をぎらつかせている。


 この二つの特徴を持った獣は〝魔獣まじゅう〟と呼ばれる害獣だ。

 凶暴性が高く、好んで人を襲う。


 近年増加の傾向にある魔獣は、発生の原因が特定されておらず、いつ何時なんどき何処どこに出現するか読めない。

 突如とつじょとして近隣に現れ、被害をもたらすので〝天災〟と怖れられていた。


 ——魔術により強化された視覚が、対峙する獣の輪郭をしかと捉える。


 四足歩行で尻尾があり、ふんは長く耳がピンと立っている。

 見慣れた姿形。どうやら、愛玩動物として人に飼われる事の多い獣が元になっているようだ。



「……魔犬まけんか。個々の戦闘能力は脅威ではない。が、数で押されると厄介だ。孤立するなよ」


「了解っす、だんちょー! サクサクッと狩るっすよー!」



 団長と呼ばれた青年・ルーカスの横から、一人の青年騎士がおどり出る。

 清潔感を感じさせる刈り上げられたハチに、頭頂部にかけて立ち上がる髪型が特徴的な金色の髪。夜でも目立つ髪色だ。


 くるり、と回した剣を右と左、両方に構えて、勢いよく青年は獣へ向かって行った。


 「孤立するな」と言ったのに、聞いていないのだろうか。ルーカスは頭が痛くなった。


 金髪の青年騎士の行動を皮切りに、戦いの幕が上がる。


 ルーカスも構えた得物〝刀〟を手に、「ウウウゥ!!」と、低く唸り声を上げて襲い来る魔犬を、斬り落としてゆく。



「おい、ハーシェル! 先行しすぎるな!」



 金髪の青年騎士——ハーシェルの後を、長めに揃えられた銀髪のれる黒縁くろぶちの眼鏡を掛けた、別の青年騎士が追った。


 ハーシェルの側面から食いつこうとする魔犬を銀髪の青年騎士が長剣で叩き斬る。

 そして素早く。ハーシェルと背中合わせになった。



「さっすが俺の相棒、アーネスト! 何だかんだ言いつつサポートしてくれるのな。やっさしー!」


「勝手に相棒認定するな! お前はいつもいつも……学生時代から尻拭いをさせられるのは僕なんだ」


「役割分担だろ~?」


「お前が起こすトラブルの方が圧倒的に多いんだよ!」



 会話を繰り広げながらも、ハーシェルとアーネストは的確に標的を仕留めている。

 彼らの活躍もあって、魔犬は順調に数を減らしている。



「おしゃべりもいいが、最後まで気を緩めるなよ。

 ——弓兵、魔術師隊! 取りこぼしのないよう、援護を頼む」


「了解です!」



 後方で『吹き荒ぶ風よ……』『極寒の息吹よ……』と、魔術の奇跡を体現するための文言がつむがれる。密度を増して視覚化したマナが、小雪のように辺りをちらつく。


 そうして、騎士達は踊った。僅かに差し込む月明かりに照らされて輝く、各々の得物を手に。


 団長であるルーカスは都度、げきを飛ばし、指揮をりながら、自らも武をふるった。






 獣達が断末魔の旋律せんりつを奏で、血飛沫が舞い——。


 程なく、魔犬の掃討は完了した。

 ルーカスは刀身を濡らす血潮を振り払うと、警戒を緩めぬまま辺りを見回す。


 見える範囲に、魔犬の影はない。だからと言って、油断は禁物だ。

 念のため……と、魔術師の一人へ確認を取る。



「探知魔術の反応はどうだ?」


「一帯に標的の反応なし、異常ありません」


「そうか。だが、奴らは素早く、神出鬼没だ。引き続き警戒をおこたるな」


「はい、団長」



 会話を終えて、ルーカスは刀をさやに納めると、「ふぅ」と息を吐き出し、すっかり夜のとばりの落ちた空を見上げた。襟足えりあしで束ねた黒髪が、背に触れる。


 今夜は——満月。

 揺れる葉の隙間から双子月、蒼月セレネ紅月メーネが煌々と輝くのが見える。



(……綺麗なものだな)



 特に蒼月セレネ。青い輝きは、大切な人の瞳の色を彷彿とさせる。ルーカスの好きな色であった。

 そして紅月メーネはルーカスの瞳の色。


 寄り添って空へ浮かぶ月に、思わず自分と〝彼女〟の瞳を重ねてしまった。



(彼女も……この空を、何処かで見上げているだろうか)



 思いを馳せるが、悠長に鑑賞を楽しむ時間はない。


 夜は始まったばかり。日のある時間より、闇に紛れる夜の時間帯の方が魔獣は活性化する。

 今宵こよいも、討伐任務が舞い込むことは目に見えていた。



(特務部隊は、魔獣討伐を専門とする部隊ではないんだが……。まあ、仕方ない)



 魔獣に備え、王国軍部は騎士団の拡充かくじゅうや警備体制の見直しを行ってきたが、被害は増える一方。


 最近では、騎士団の戦力で対処しきれない凶暴化した魔獣が増えており、そうした魔獣の対処に特務部隊は連日、引っ張りだこなのだ。


 他の任務と並行して魔獣討伐へ、と言うパターンも珍しくない。

 業務は山積み、一分一秒が惜しかった。


 ルーカスは視線を戻し、後始末を終えたらすぐに引き上げよう、と考えた。



『……ルー、カス……』



 不意に、誰かに呼ばれた。

 団員達はそれぞれの作業に当たっているので、彼らではない。


 ならば、誰が——と疑問を抱いて振り返るが、後ろには闇が広がっているだけ。人の気配はない。



(……空耳、か?)



 連日の激務で疲れがたまっているのかもしれないな、とルーカスは苦笑いを浮かべた。

 前に休暇を取ったのは何時だったか、思い出せないくらいなのだから。


 休む時間を捻出するためにも、効率よく職務をこなす必要がある。


 それでも、空を眺めて大切な人を思い起こした数秒を無駄には思わず。

 ルーカスは団長という己の役割を果たすため、奔走ほんそうするのだった。

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