柚月ひなた
異世界ファンタジーダークファンタジー
2024年10月31日
公開日
62,782文字
連載中
理想郷≪アルカディア≫と名付けられた世界。
世界は紛争や魔獣の出現など、多くの問題を抱え混沌としていた。
そんな世界で、破壊の力を宿す騎士ルーカスは、旋律の戦姫イリアと出会う。
彼女は歌で魔術の奇跡を体現する詠唱士≪コラール≫。過去にルーカスを絶望から救った恩人だ。
だが、再会したイリアは記憶喪失でルーカスを覚えていなかった。
原因は呪詛。記憶がない不安と呪詛に苦しむ彼女にルーカスは「この名に懸けて誓おう。君を助け、君の力になると——」と、騎士の誓いを贈り奮い立つ。
かくして、ルーカスとイリアは仲間達と共に様々な問題と陰謀に立ち向かって行くが、やがて逃れ得ぬ宿命を知り、選択を迫られる。
何を救う為、何を犠牲にするのか——。
これは剣と魔法、歌と愛で紡ぐ、終焉と救済の物語。
ダークでスイートなバトルロマンスファンタジー、開幕。
第一話 月夜の記憶
漆黒の闇が世界を包む、夜。
双子月が輝く寒空の下、「ずぶり」と嫌な音がした。
ぽたり、ぽたり。伝う赤。
刃物で貫かれたと理解するのに、そう時間は掛からなかった。
「……どう、して……」
力のない声が零れる。
焼ける様な痛みに、自分の顔が歪むのがわかった。
腹部から生暖かい鮮血が流れ落ち、纏う衣服を紅く染めて行く。
迂闊だった。
咄嗟の事とはいえ、身構えていれば反応が出来たのに。
〝彼〟が自分を傷付けるなど、考えてもいなかった。
(だって、あなたは私の——)
ドンっと、強い力で肩を押される。
衝撃に耐えられず身体が後ろへと傾いた。
背後は断崖絶壁、下は海だ。
バランスを失った身体はまるで吸い込まれるかの様に、呆気なく落ちて行く。
「ごめんね。でも、何事にも犠牲はつきものだから」
朦朧とした意識で落ち行く最中、靡く銀糸の合間から見えたのは——。月明かりに照らされ、悲しげに微笑む彼の姿。
(……ノ、エル……)
愛しい大切な人。彼の選択は、彼自身のために非ず。
自分達に背負わされた宿命から来るものと、わかっていた。
止めなければいけない。
ここで躓くわけにはいかない。
なのに……身体から力が抜けていく。
(……ああ。こんな事なら、もっと、早く……)
後悔が胸に落ちた。
残された力を振り絞り、忍ばせた魔耀石の宝石を握り締める。
思い浮かべるのは、あの人。
「困ったら、いつでも頼ってくれ」と言った〝光〟。
(……ルー、カス……)
彼の瞳。柘榴石の輝きを思い起こしながら、祈る。
どうか貴方に届きますように、と。希望へ繋がる可能性に懸けて。
そうして〝————〟の思考は、宝石から放たれた光と共に白の濁流に飲み込まれ、意識は闇に沈んでいった。
これは月夜の出来事。
雲の合間から双子月が顔を出し、青き〝蒼月〟と、赤き〝紅月〟が、漆黒の闇の中で煌々と光り輝いていた。