日差しは涼しさに混ざって掠れていた。秋も既に深まり冬へと向かおうとしていた。そんな優しい気候の中の晴れ空は心地よくていつまでも見入ってしまう。
身を乗り出して山の上から遠く広く紅く燃える木々の揺らめきを見つめていた。鮮明な紅に橙色から黄色まで色とりどりの木々の連なりは自由気ままなアートのよう。そんな景色をいつまでも見飽きることなく見つめ続ける紫色の瞳。そんな彼女の名前は今この景色の主役に最も相応しいものだった。
「ねえ楓、早くお弁当食べようよ」
響きがよく空に溶け込む声は鈴のよう。空に舞う紅はそんな声の木霊と絡み合ってどこまでも気を引こうとしていた。
紅に染められた絨毯の上に敷かれるものは白地にピンクのリボンが交差したデザインのビニールシート。カエルの手のような紅が散りばめられた派手な一面に現れた控えめな色が却って派手に映っていた。
ふたり向かい合って座り、ひとつの大きめの弁当箱からおにぎりを手に取り頬張りながら景色を眺める。
「きれいだよね」
「里香にとても似合ってる」
「楓から里香に楓が似合ってるって言ってもらえたやったよ一生いっしょだよ」
そんな量も質も薄っぺらな会話の中で里香は弁当を口にしながらひとつの疑問を口にした。
「そういえば楓の能力って五つなんだよね」
「そうだけど、どうしたの」
「この前使ったサイコキネシスに初めに使ったテレキネシスにテレポートにテレキネシス、あとひとつは?」
そう、ここまでの戦いで使われた能力は四つ。里香はここで特に悪気のない隠し事をされているようで空を舞う楓の葉に寂しさを虚しさを乗せて目尻を下げていた。
「使う機会がなかったな」
そう呟きながら楓と里香に挟まれるように置かれた空の弁当箱を片付けて紅茶を啜りながら里香を見つめる。
一方で里香はペットボトル一本分の緑茶を飲み干して楓の膝へと頭を運び優しい笑みを見せていた。
「眠たくなってきちゃったから、楓の膝借りるね」
「ちょうどよかった、私の目をご覧になってごらん」
里香の方は楓の膝枕でごろん。爽やかな青空を見ていたその目は果てのない紫色の深海へと引き込まれ、そこから自身の内側へと引き込まれていった。
「なに……これ」
急激に襲って来る眠気に抗おうとしてはみたものの、止まることなく手を底へと引かれるように目は細められて行く。
「最後の能力は催眠術、五円玉で有名なあれ」
閉じようとしていた瞼の隙間に映り込む光景はこれまで見てきた楓の表情の中で最も優しい微笑みだった。落ち着きを持った声で、心にまで心地よく澄み渡る響きで、想いを届けていた。この上なく穏やかな快感に引きずり込まれる意識は楓の言葉と共に闇へと落ちて行った。
「おやすみ、ゆっくり休んでね」