目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第27話 魔法 ――6 凍り付け

 里香の目にはなにが映されているだろう。男の背後に影が、死神の微笑み、鉄の棒を構えた影、少女の姿がそこにはあった。

――絵海、だめ

 絵海には殺させない、その一心で里香は脳裏に宿る謎の秘術を解き放つ。途端、絵海の姿は止まった。鉄パイプを構えたその姿がハッキリとその場にあった。迫力が鮮明なまま保たれて残されていた。石のようというべきか、それよりは凍り付いているように思えた。

 男は今更のように気配に気が付き振り返り拳銃を構えて引き金に力を込めた。

――やらせない

 震える指が銃弾に暴れる許可を与えると共に乾いた音が鳴り響き、そのまま拳銃自体が爆散した。

「ああ、あああああ、がああああああ」

 男は叫びながらその手を押さえていた。手によって隠された事実はきっと覗かない方がいいだろう。その方が身のため心のため。

「傷口よ、凍り付け」

 凍り付いた傷口、赤い氷、それを確認して一度頷き、駆けだした。冷気の線を描きながら、走るために必要な『時間』さえ凍り付かせながら。

「瞬間移動か、お、おかしいぞ。異能は……封じ」

「今の私の戦い方は異能じゃないわ。秘術」

「まさか、科学の法則から外れた……魔法」

 駆けて残された冷気が漂いながら残り続け、それがひとつの図形を描く。続けてわき腹の氷を溶かしては指をわき腹に当てて湿らせて、魔法の発動に必要な術式を書き込み始めた。

「な、なにを」

 走り出そうとしたものの、その足がつかんだものは空気。もう片方の足は地を掴んだまま、人に掴まれていた。

「私に殺すな、そう言うとしてもサポートは許せ」

 絵海の手はしっかりと足首を掴み、男の身体は進まない。顔は地面にこんにちはと言わんばかりの勢いでぶつかっていた。

「何を書いている、何語だ……答えろ」

 里香はしっかりと男を睨み付けて、答えをはっきりと返してみせた。

「あなたはおしまい、そう書いたの」

 大嘘だった。そこに書かれたものは魔法に必要な言語。しかしながらその言葉を書き終えた先に待つ出来事はまさに彼のおしまい。確かに真実が書かれていた。

 描かれた陣は青白い光を薄っすらと放ち男の足元を凍り付かせ始めた。

 白い息吹が渦巻きながらこの無機質な空間の中に恐ろしくありながらも不思議でひんやりとした光景を与え始める。きっとこのままこの小さな世界は凍り付いてしまうのだろう。ここから始まるものは科学の法則から大きく外れた摩訶不思議の世界。優劣の有無はともかくとして思考が思想が科学に寄り添いながら立っている限りは防ぐことさえできない代物だった。

 男を凍り付かせる脅威の手は脛にまで迫っていた。

「ひえっ、やめてくれ、死にたくない、生かしてくれ」

「いやだ、そう言って何人殺して来たのかあなた、覚えてる? 人をモルモットとしか思ってないアナタはこう答えるんでしょ、必要な犠牲って」

 里香の目はどこまでも冷たくて見ているだけで凍り付いてしまいそう。そんな里香だったものの視線を一瞬だけ逸らし、わき腹を押さえ始めた。苦しみの表情に身を包む里香。楓はそんな彼女の所へと寄ってみせてしっかりと抱き締め支えとなる。

「ごめんなさい、もうしませんからやめて、なあ、人殺し、俺のことを殺したら人殺しだ、永遠に償えない罪に震えて夜も眠れない罪悪感の奴隷に成り果てるんだぞ」

 相変わらず男は喚き散らしては謝罪と罵倒が混ざり合った独特な命乞いを続けていた。

「もうやめよう、争いは何も生まない」

 ありふれたセリフで生き永らえようとする男に向けて見せた里香の目には色素が宿っていなかった。無感情、まっさらなそれは男に対して何も必要ない、形あることも命残すことも求めていないと語っていた。

「争いは何も生まない? いつも私を殺そうと異能力者を雇っていたアナタが言う? アナタを消せば平和を脅かす人が減るの」

 男の身体を凍り付かせる冷気は少しずつ進んで行く。やがて膝へ到達。徐々に生の気配を奪われて行く感覚とは如何なるものだろう。男の奥に沸き立つものは鋭くとげとげとした恐怖心。それが体の内側を這い回り続けては想いをも冷やし続ける。

 寒気と恐怖は共に男の身体を大きく震わせ共鳴していた。

 やがて太ももへと進もうと言う時、里香は大きく咳き込み痛みに集中を奪われた。その結果など既に見えていただろう。里香の操る術式は解け、凍り付かせる魔の手は溶けてなくなってしまった。

「ははっ、これで殺せば俺の勝ちだ、魔法だか科学から外れたチカラだか言っても大したことはなかったな」

 立ち上がり拳銃を構えて引き金に指を運ぶ。引いてしまえば慈悲など持たない黒光りする無機物は標的の命を作業的に消し去ってくれるだろう。引き金を引こうとしたその時だった。

「私を忘れたか」

 男の隣から響いてきた枯れ声と向き合うように振り返る。背の低い茶髪の女が鉄パイプを構えて立っていた。それを認識した時には既に鉄パイプは大きく振るわれていて、次の感触にまでたどり着いた時には既に拳銃が激しく宙を舞っていた。

 そこから地面へと叩きつけられてもなお回りながら滑る拳銃を追いかけて絵海は身体を滑らせた。そこから見事に手に取り異能力抑制音波の発生源を睨み付けて撃ち抜いて。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?