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第15話 アクセス ――3 月夜

 走りながら、辺りを見渡しながら、やがて楓はある事実にたどり着いた。

 目の前で繰り広げられるのは戦いだろうか。暴れ回る人々が放つ摩訶不思議なもの。水を操る者もいれば炎を剣に変えて振り回す者もいて、更には氷をまき散らす者、果てには爆発する石を投げつける荒れた男もいた。

 楓の中でここまで派手な戦いを知らなかった。赤青黄色、激しく攻撃的な閃光の雨は何処までも刺激的で大きな存在感を誇っていた。

 しかし、そこにはおおよそ知的という言葉は当てはまらない。

 その現場を抜けて進んだ先、戦場だというにも拘わらず特に何も苦労なく抜けることが出来たあの幻想の額縁を見返して、再び前を向く。進むべき場所へと進む感触が心地を晴らす風を吹かせる。一歩ずつ確実に進んでいる、その実感が身体をすり抜けるように染み渡る。

 やがて見えてきた女、カッターシャツとその上にどこかの学校指定のほぼ黒と言っても差し支えのない紺色のブレザーと短い黒のスカートを履いた少女。わざとらしいほどに整った身体つきは果たしてどのような生活によって創り上げられたのだろう。彫刻や絵画を思わせる程までに整えられた顔はいったい何処のどのような恋愛の果てに絡み付けられた遺伝子の生んだ罪なのだろう。

――美人過ぎて羨ましいにも程がある

 女は安楽椅子に腰かけていた。そこから伸びる脚は長くて細くありながらもしっかりともちもちとした感触を残した自然な姿をしていた。その足を組む仕草が楓の視界を注目を意識なく奪おうとしていた。

 楓は必死になって眼を惹き付ける脚から逃れて辺りを見渡し顔へと目を合わせ、この風景への想いを整頓して思い描き始める。外に置かれた安楽椅子というものはあまりにも浮いた存在だった。市街地の中、いつ通るか分からない車というものを無視して歩道の真ん中に設置されたそれは楓の中に大きな違和感を生む。

 得体の知れない不安や情。そうした己の内に生まれるありとあらゆる不確実なものを無視して目の前の少女と見つめ合って言葉を空気に乗せて会話を紡ぎ始める。

「訊きたい事があるんだ」

 真剣な紫色の瞳、一方で澄んだ黒曜石と呼ぶのが相応しいものだろうか、黒くて潤んだ瞳はヒトの顔に収まる紫水晶を今にも吸い込んでしまいそう。互いに目を覗き込む中で少女は厚い唇を動かす。

「訊きたいことの前に名前を聞かせて、私の名前は鉄輪月夜」

 その唇の動きの一瞬でさえも艶めかしい。どこまでも色気を強く持った女、楓の中に生まれる黒くてはっきりとしないモノは嫉妬の情だろうか。無理に抑えることで大きな不快感へと変わり果てるものの、その全てを無視して会話を繋いでいく。

「私は福津楓」

 簡潔で素っ気ない。しかしそれ以上のものは必要なかった。下手な感情が余計な言葉を引き連れ回してしまうことなどあまりにもありふれていた。

 月夜の顔は微笑みを描いた。貌を崩すことがこの世で最も似合わない、そう思っていたものの、その考えは顔と貌の調和によって打ち消されていた。

「お話しできるの嬉しいわ、何が訊きたいの」

 許しは無事に得られた。出来る限り表情を変えずに話を続ける。この女に対しては感情や自分自身というものの情報を何ひとつ与えたくない、不思議とそう思えていた。

「まず最初に里香は何処だ、私の大切な人なんだ」

「お友だちって言わないのね」

 軽い笑い声を織り交ぜながら低くありながらも鈴の音を思わせる声を奏でる。この女は綺麗なものしか持っていないのだろうか、湧いてきた疑問はいつまでも拭い去ることが出来ずに残っていた。

「そうね、ここがどこなのかを話すことが最初かな、ここは機械によって造られた並行世界。人類の脅威となる気候変動が起きた時なんかに使われるはずの移住先の候補」

 つまるところ身体を諦めて脳の電子情報を送り込むことで自身を電子情報で創り上げられたこの世界に住まわせる救済計画の舞台。

「というのは第二の目的。一番はお父さんの野望、死にかけの私をここに連れて行って代わりの身体に移す計画、ルナの復活計画こそが本命」

 どうやら父と呼ばれた存在は娘を不死者へと仕立て上げたいそうだ。

「月夜なんて名前をもらいながら計画には女神さまか」

「話が逸れたわ」

 月夜の目は再び話すべきところへと向けられた。

「里香、この世界に登録された忌み名。私の計画が終わるまでは連れてきてはならないとしてこの世界への侵入は許されず弾かれる」

「いったい何故」

 楓の疑問に対して月夜は表情に影を這わせながら声を潜めて語る。

「黄泉ノ帰リ道、あの能力だけは私向けに作られた死亡回避策、彼の失敗作、というよりは私が生き返ってからしか使えないからそれまで現実の誰かを機械とリンクして持たせてるだけ。あれが機能している限りこの世界の今の設定が生きている限り、アクセス権は得られない」

 創られた能力、初めから備わっているわけではない後付けのチカラ。楓は推測を重ねて梅井をパイ生地にした。里香は恐らくこの世界の創造主の被験体であり絵海も能力を理解されている以上は被験体のひとりに過ぎないということ。

 しかしながら絵海はこの世界へのアクセスを許された。もしかすると一緒にいた研究者がアクセス制限を限定解除したのかも知れない。

「つまり里香が初めの運命で私と出会った時に異能を使っていなければ出ないはずの磁場の歪曲の大きさは」

「そう、彼女は記憶も残されていない中で幾度となく実験を繰り返された、この世界の情報内に発動したという履歴が残っている」

 この世界、つまりはこの機械に蓄積された行動履歴を覗き込むことで世界の全てを知ることでもできるのだろうか。少なくともネクロスリップを行なったという履歴は残るということ。つまり。

「敵に私たちの行動が筒抜けかも知れないということか、そんな嘘」

 言葉はそこで切られた。

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