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第12話 パーフェクトリーディング ――7 石

 少女は楓を睨み付けていたつもりだった、しかし睨み付けていたのは虚空。

 楓は何処へと消えたのだろう、その疑問の解を探すために振り向こうとした瞬間、少女の右手首を掴む楓の姿がそこに在った。

「やめろガリガリ」

 楓の手を振り払い包丁を向ける先を、殺意の矛先を迫り来る脅威へとすり替える。敵がひとり増えた、それも瞬間移動を扱う異能力者に。

「私はガリガリじゃなくて楓、あの子はぽちゃ女じゃなくて里香だ」

「私やっぱりぽっちゃりというか太ってたんだ……」

 本人にとってはきっと恐ろしく重要な問題だったものの、楓はもっと大きな問題と向き合い、低くて落ち着いた声に小汚い響きを加えて無理やり響かせた。声は何処までもはっきりとした感情を持っていた。

 この戦いに女特有のドロドロした感情の流れなど何ひとつ無い、純度百パーセントの想いのぶつけ合いが行なわれていた。

 包丁を振り回すものの、楓の姿は再び消えて。気配の方向に顔を向けるとそこには地に手を着く楓の姿があった。

「ひとつ訊きたい、絶対記憶能力と言ったな。もしそうなら、経験していない里香の記憶など覚えないはずじゃないのか……何せ」

 そう繋げて少女の頭の中に混乱を与えては膨らませ続ける。思考は湧いて増えて大きくなり続ける疑問によって今にも破裂してしまいそうだった。

「その身体、里香の時間にいなかっただろ」

 そう、まだ余裕を取り繕う機会はある。少女の中に初めて湧いた疑問知らない事、知りたい事。しかし今はそれは忘却の中に沈めてしまうことを選んだ。わざとらしい笑い声を上げ、枯れ声を愉快な心情と共に鳴らしながら、思考を放り投げる心地で答えてみせた。

「よく分かったな、そうさ、私の真の能力はねえ、未来予知。私が元々見てた未来とそこのぽちゃ女が歩んだ人生の回想と動き回って変わる見込みの未来、全てが重なり合って幾つもの未来が相対的に見えて不愉快なんだよ」

「この女、舌を二枚持っているみたいだな」

 真実の口と偽りの口、この発言はどちらなのだろう。楓は地に着いていた手を握りしめながら上げて、勢い任せに走り始めた。

「見せてやる、複合能力を、知ってるだろうけどな」

「知らないね、幾つも見る前に片を付けるから」

 もっともらしい言葉が楓をお出迎えする。その状況を楓は鋭い笑みで迎え入れた。走り続けて一秒ほどだろうか、既に互いに触れ合えるだけの距離、しかしその手は互いを遠ざけるため扱われる。

「食らえ、パイロ」

「包丁が速い」

 楓が繰り出す右手、握りこぶし、それが開かれて、手という花が開いて現れるものは炎などではなかった。大きめの石。瞬間移動は幾度か行なわれたがいつの間に握られていたのだろうか。

 少女の目は驚愕に充ちていた。どうしようもない事実、変えようのないこの結果。顔へと勢いよく向かって来るそれはいつまでも鮮明な記憶の中に刻まれて、いつまでも新鮮な瞬間を保ったまま迫り来る。

 目と鼻の先へと迫ったその時。その瞬間に石は動きを止める。そこから本来あり得ない動きを、自然界の法則の外側の動きをとった。止まった石は急に勢いをつけて包丁へと向かって突撃を始めた。それは鋭い鈍色の殺意を勢いよく払って地面へと叩きつける。

 少女は手放してしまった己の武器を取り戻そうとその手を伸ばすものの、戦いの意志の象徴は楓の足によって踏みにじられた。

「嘘。予知能力なら楓のこの程度の動き食らい簡単に読めた」

 里香が放ったひと言は少女にとって最大の屈辱だった。かつての自分の言い回しで指摘され、己が蹂躙されるということ。少女は楓の方へと目を向けた。暗い表情を塗り付けて、見つめた。肩で息をしながら、鋭い目を向けている姿、目の下に深いくまが刻まれたその顔は恐ろしくてたまらなかった。

 そんな彼女は疲れを隠すこともなく乱れた呼吸を繰り返してやがて一度大きく息を吸って疲れに乱された荒々しい声を上げて上から言葉を叩きつけた。

「パイロキネシスも顔に石も、素直にやると思ったか、バアアアアアァァァァカ」

 その様は無様、しかしながらそれこそが人というもの。溢れ出る悔しさに身体を震わせ、瞳を揺らしながらも少女はただ、己の罪を彼女らの背に刻み付けようとしていたという事実を認める他なかった。


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