ハトが羽ばたきながら地を這うように飛んでいた。微かに浮いた彼らは地面に足を着いては首を振りながら歩いてエサを探し始める。
意識が現実に引き戻されたそこに広がるものは遠くて深い青空。そんな青のスクリーンの中に先ほどの映像が流れ始めた。意識を支配していた強烈な痛み、腹部から外出したいと言いたそうに態度を形にしようとばかりに次々と溢れ出る血。自らの心では抱えきれない鮮やかな紅は身体が抱えていた。
これから再び訪れることが分かり切っている痛み、このままでは繰り返してしまう。それだけは避けなければならない、これ以上死の苦しみを味わうわけには行かなかった。本来そこで終わりなはずの命、その終焉の苦しみをまたしても味わうわけにはいかない、心が壊れてしまう。幾つ替えのものを持っていたとしてもそれら全てが汚染されてしまう、そんな強みを持っていた。
あれは、命の終わりにすり寄ることだけは避けなければならない。そんな一心で駆け出した。風景が激しくぶれて心のアラブ利をそのまま視界に映しているよう。身体が重い。全体的に豊満な身体は、特に胸は動く時の邪魔でしかなかった。
――走る時だけ引っ込め
行き場のない苦情は愚痴としてそのまま抑え込まれて、この世に出て来ることさえ知らない。
地面の感触はその跳ね返りの衝撃は極限まで重たかった。自身の重みのかかり肩なのだと理解する暇も与えないまま、砂地を抜けて住宅街へ、続いて更に戻り手繰りあの場所を目指し続ける。人通りを求めて、足を踏み出し続ける。一歩一歩の負担が膝を叩き割ってしまいそうな勢いを持っていた。
必死になって走る姿はきっとこの上なく醜いものだろう、それでも構わない命には代えられない、そんな想いを抱き締めながら向かった場所。
そこでは未だに球を投げる者、それを跳ね返すように棒を振る者、ひとつの球を追いかける集団。そう言った人々がその競技に夢中になっていた。部活が行なわれているのならもう安全圏だろう。後は中に籠もって電話であの子を呼び出して待つだけ。それだけ、もう勝利は目の前、そう確信を持った時のことだった。
校門へと向かう里香は歩みを止めた。視界は学校の外側へと逸れた。そこ、向こう、いる。簡単で単純な単語の連続を思い浮かべることくらいのことしか出来なかった。鳥肌が立った。寒気が正真正銘の恐怖感をもってざわめいていた。周囲の叫びに乗じて想いは口に出ることすらなくざわめいていた。
目の前に現れた脅威、ピンクの服を着た背の低い女が髪を揺らしながら歩み寄って来る。
「安全そうな場所、かな。確かに生徒なら学校を選びそうなものね。でも」
少女にはお見通し、この薄っぺらな心で思ったものなどすぐさま見透かすことが出来てしまうのだろう。
「制服で学校は丸分かり、別の場所にしな」
少女の続けた言葉はまさにその通りでぐうの音も出ないものだった。少女は更に歩み、右手を暗くなり始めた空に右手を掲げた。そこでたくましい輝きを鋭く放つ刃物、禍々しく映って仕方のない裁きの輝きは里香の方へとすぐさま迫ってきた。
「次こそは終わってもらいたいね、今回の周回の始点は学校から帰った後。やめて欲しいね」
そんな言葉と共にあの刃物は里香に向けられた。鋭い先端を向けられて、正面を見てなどいられなかった。刃物を直接向けられる瞬間を目にすることがここまで嫌なことなのだと今ここで思い知った。