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第6話 パーフェクトリーディング ――1 川沿い

 明るい空は次第に影に隠れ始め、白くて大きな学校を薄暗い幕で覆っていた。それは学校の中での人々の明るさも陰湿ないじめも大切な時間も授業という学びの時間も同じように包み込んでいた。

 生温い風は夏の終わりを告げていた。それでもまだ少し暑い、セーラー服に滲む汗が嫌悪感を産み落として懸命に訴えていた。

 いつ見ても学校よりも立派な建物などこの辺りには無くて外観は周りの景色からかけ離れた印象。ちっぽけな家たちを見つめてはそこに柔らかな愛しさのリボンを掛けていった。

 隣に立って、しっかりと並び歩く背の低い少女、灰色の髪は肩の辺りで外側に跳ねていて前髪も上手く真っ直ぐには伸びていない。紫色の瞳はアメジストのようでありながら美しい輝きなど何ひとつ無くて、沈んだ深い色の端に薄っすらと優しい光を取り込み紫色の海のよう。そんな瞳を収めた表情は何処かぎこちなくて目の下のくまがより一層ぎこちなさに拍車をかけているように見えた。

「ねえ楓」

 生温い風さえも撫でつけ迎え入れる優しい声で呼ばれて背の低い少女、福津 楓は振り返った。

「どうした、里香」

 里香は楓の低くて落ち着いた声を聴くだけで心が飛び跳ねて落ち着きがどこか遠くへ飛んで行ってしまう。小さくて細い身体を、かわいらしさの欠片も残さない顔をどこか愛おしく想っていた。

「楓の声、聞けて嬉しい」

「はあ。それは嬉しいんだけど、可愛くない」

 むしろそこがいい、などと語ることも許されない。あの顔に宿る情は、それを奏でる声の冷たさはそれを許してはくれないだろう。

「それより私は里香みたいになりたい。身長伸ばして胸も大きくして……顔と声を可愛く」

 茶色の髪を揺らしながら楓を睨みつける。暗くなり始めた空に溶け込む影を纏って屈んで大きな胸を強調しながらわざとらしく見せつけて。嫌味だと分かっていて、楓を傷つけてしまうことなど分かっていて、それでもやめられなかった。

「もう! そこまで変わったら別人でしょ。やめてよね」

 言葉にしてはみたもののそれは所詮偽り。憧れてもらえるということそのものを、美味しい感情を味わいながら楓の曇った表情を見つめて微笑みを隠す。

「そう……だったらこの想いは胸に仕舞っておこう、里香と違って全然ない胸に」

 気にしている様があからさま、これ以上言ってもむやみに傷つけるだけ。その事実に心を痛めて反省を浮かべて言葉にはしない。

 それから少し歩いてたどり着いた。楓とさようならの時間がやって来てしまった。意地悪な会話で幕を閉じてしまうということ、それが悔いの杭となって胸を刺す。幾度となく刺し続ける。胸の中に咲いた赤い花は罪と血の塊、外を充たす薄暗い空はまさに罪悪感を形にした処刑場のようだった。

 軽い挨拶だけを交わして目の前の景色を見つめる。川の流れる道、そこを歩く男は腹だけがたくましく膨らんでいて見るからに不快でだらしなさの塊を見つめた存在だった。そんな男が握りしめているものは茶色のビン、明らかにビールの入ったビンだった。ビンの円は先に行くほど急に細くなっていて、そこを持つ姿は首を絞めているよう。人とは見た目だけで幾つもの印象を即座に決めてしまう。あのような姿には決してなりたくない。汚さの塊。里香の想いは薄汚れてしまっていて、形にしたらどこまでも醜悪なものではないだろうかと恐れを呼び込んでいた。

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