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第4話 ネクロスリップ ――4 カーブミラー

 見渡す。全ての意識を研ぎ澄ませ、周囲を見つめ続け、漂う音のひとつひとつを聞き分けて敵を探る。動きのひとつ、足音から息づかいから服の擦れ合う音まで、敵が残すであろう痕跡は何ひとつ逃すつもりはなかった。

――さあどこだ、見つけたら五つの能力のどれで片を付けるか、選択さえ反射反応の範囲内

 楓は能力を一切止めない、頭の中で能力の放出の動きが常に空回りしていた。能力に関する脳の動きは能力の数だけで大きな負担となる。切り替えもひねり出しもこの世に現わす現わさない、選択を問わず能力を動かすさなかの時を除いては絶え間なく切り替えられる。計り知れない負担の大きさに意識をすり潰されてしまうその時は開戦から七分間。一度能力を発動してしまえば戦闘終了まで能力を待機状態にするのが楓のやり方だった。その都度能力を閉じて開いてなどと無駄な行動を挟むと余計にエネルギーを消費してしまう、電化製品の電源の起動に電力がかかることと同じもの。

 集中力が一度息切れを起こす。楓が息を思い切り吐いて大きく吸ったその瞬間の出来事だった。右から瓦が飛来してきた。明らかに狙ったように右から左へと、まるで吸い寄せられるように。

 楓の意識は途端に研ぎ澄まされて左腕が突き出された。飛んで来る、近付いて来る、みるみるうちに傍へと身体にのめり込もうと素早く手早く恐ろしく。無機物などと一体化することなど楓は御免だった。

 近付き更に近づき近く近く空気が肌を撫でる程の距離感で、瓦は突如動きを止めた。

――テレキネシス

 楓の能力の内のひとつ、物体そのものに働きかけて触れることなく動かす能力。飛んで来た瓦を肉体で受け止めることなく止めるだけの力をしっかりと持ち合わせた能力。動きを止めた瓦、そこに今までと同じ尖った髪の存在を認めてそのまま飛んできた方へと返却するように飛ばしてみせた。

「なるほど、きっと向こう側か」

 推測を頭の中で重ねてひとつの回答を導き出す。繋ぎ合わせた想像は果たして正しい電気の流れとなって正解の灯りを灯すことが出来るものだろうか。

 楓は自身の予想を胸に広がる現実を目に感覚任せに歩き始めた。

「待って楓」

 しっかりと後ろをついて来る里香。それでいい、着いて来なければいつ狙われてしまうものかそれすら分からない。言葉にしてみただけで里香の貌は輝きに満ちて行った。

「大丈夫、どんなことがあってもきっと私の能力なら」

 里香の言葉、それはきっと苦しみ悲しみ待ち受ける終焉という名の通過点の全てを見つめた上での覚悟が込められたひと言だろう。しかしながらそれは途中で切り落とされた。

「ダメだ。これ以上里香は死なせないし私も死なない。ふたりとも満足な状態で」

 命の重みを知っている、例え里香には次があったとしても楓には次はない。里香が向かった先に待っているのは楓と同じ姿同じ心同じ名同じ存在、何もかもが同じ別の人でしかないのだから。

 気を引き締めて向かう。一秒の時の刻みでさえもが大きく貴重なもの、楓の戦闘継続時間はあまりにも短すぎた。

 ただ立っているように見えるちょっとした時間のひとつの内に息切れを起こしてしまう程に危険なもの、命を削られて行く感触に蝕まれていた。

 汗が止まらない、常に張り詰めた意識の中、身体も心も初めから終わりまで悲鳴を上げていた。そうした想いを無理やり押し込めて戦う姿、その真相を決して里香に明かしてはならないと誓っていた。

 トラックの向かう方向、瓦が飛んできた方向、能力の許す範囲は分からない、分からなかったものの、ふたつの飛来物の出発点の中間地点へと向かう。

 曲がり角に立つ、そこに立つカーブミラーを通した向こうの世界、そこで見た光景、ここに映されし景色、何処にも違和感はなかった。そこには楓の予想に従うように少女が立っていたのだから。

 突っ走ろう、即決、それを目指して駆けろ、里香をその場に留めて身体に命令を叩き込み足を踏み出して。楓は己の身体に鞭を打ちつつ動き始める。曲がった途端、少女は嗤った。

 少女の表情の変化、それを合図に楓を囲むように一斉に飛んできた。勢いに身を任せて全員で襲いかかってくるそれ。赤くてすべすべとしたひび割れから黒い尖りを生やしたレンガ、植物と共に針を育てるように刺さる植木鉢、変哲もないはずの園芸用の石にコンクリートブロック。何もかもが少女の意のままに楓を潰し殺してしまおうと企み向かってきた。

 楓は咄嗟にカーブミラーを見つめた。橙色の柱は細くありながらもしっかりと地に掴まれて強さを示しながら立っていた。そんな無機質の柱が震えながら揺れ始める。捻じれ曲がりそこから想いのままにねじ切れて、楓を軸に捉えるイメージで大きな弧を描く。残像を残しながら突き進むそれは襲いかかって来るもの全てを薙ぎ払って地へと叩きつける。

 その様を確認した上でようやく口を開く楓。目の前に立つ少女を睨み付けては火花を散らしていた。飛び出してきた声は灼熱の響きに染め上げられて空気を叩く。

「お前か」

「正解、生活の足しに出来る簡単な依頼だと思ったんだけどね」

 背中まで伸びた髪、それはあまりにも滑らかで美しい。楓を見つめる瞳は目尻が妙に下がっていて黒い瞳には嬉々とした桃色の雰囲気が宿っていた。

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