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第3話 ネクロスリップ ――3 植木鉢

 ゆっくりゆったりと歩いて行く内にたどり着くは下駄箱。そこで当然のようにローファーに履き替えて、里香に目を向けた。紫色の瞳は堂々としていながらも奥の方から滲み出るか弱さが隠しきれずに溢れ出ていた。目の下のくまが更にそれを強調していておまけに背が低くて身体全体がほっそりとしているというさま。

 まさに弱々しさのバーゲンセールとでも言い表すことが出来るだろうか。そんな楓のやつれを思わせる立ち姿に心を掴まれ手を掴む。

「そうだせっかく名前まで知った仲になったんだし一緒に帰ろうよ」

 里香の言葉は楓の心をどう揺らしたものだろう。一度大きなため息をついて盛り上がりを見せない冷め切った響きを持つ声で答えてみせる。

「名前知った仲って、クラスメイト全員と帰るつもりなのか」

 開かれた口から飛び出した極論は里香の笑顔を崩すことなく飲み込まれてしまった。里香は楓の手を両手で挟みながら更に会話を繋ぎ続ける。

「いいじゃんいいじゃん楓だけ特別ってことだよ私たちの仲だよ」

「待てまだ会って一時間も経ってない」

 里香の態度と温度について行けない、手の柔らかな感触とひんやりとした温度は確かな優しさを運び込むものの、仲良くなることに対して積極的なことも理解できてはいるものの、どうにも心の歩幅も速さも違い過ぎるように想えて仕方がなかった。

 そんな楓の気持ちなど確実に知らないまま里香は感情を振り絞り続けていく。

「あんまりそういうこと言わないで深く気にしないで、友達同士なんだから頭ぱっぱらぱーで行っちゃおうよ」

 言の葉に引かれるように手を引かれ、里香の胸の大きさとふっくらしつつも形が過剰なまでに整った身体に惹かれて子どものように可愛らしい顔に魅かれて遂には表情の明るみにまで強く引き付けられて。

 悪意のない、妖気もない、そんな陽気に魅入られてしまっていた。

――はあ、惚れるの早すぎだろ私、しかもオンナノコ同士

 心の中で吐いた悪態に同性同士の煌めき。どちらも心の中に閉じ込めて今は目の前の景色を紫色の瞳で追いかけ続けて全身で想いの向こう側へと前進して、しばらく歩いてたどり着いた曲がり角。

 突然、楓の耳は轟音に襲われた。

 右から迫り来る音は果たして何者か、刻まれた鼓動、地を殴りつけるように叩き込まれた音がさらに大きくなり行く。

「まさか」

 楓は途端に里香の腕を引いて抱き締めて、目の前を切り開く道路を横切るトラック、暴走しながら狭い路地を左へ突き進むその姿を目に収めながら崩れるように地にへたり込む里香の支えとなる。

 里香は目を思い切り見開いていた。力なく開かれた口から声すら零れることなく、弱った喉は空気を吐き出す音に震えていた。

 里香が腕を引かれていなければ、里香はあれに轢かれていた。

 運命は里香をつけ狙っていたのか。

 楓はトラックを睨み付けて、その光景を目の当たりにして右手を思い切り突き出した。

「出て来い、異能力者」

 トラックの窓ガラスに突き刺さっている黒い針のようなもの、それが何を意味するものか、針を引き抜こうと思うものの警戒の糸を緩めることが許されない、うかつに動くこともままならない。警戒はどこまで意味を成しただろう。里香は楓を見上げ、声を上げた。

「危ない、上」

 警戒心が役に立ったとは到底思えなかった。焦りを見せつつも楓は空を仰いだ。その視界を埋め尽くすものは茶色。それは大きくなる、大きくなる速度を上げながら、空気のすり抜ける音を微かに上げながら、確実に近づいて来る。

 そうして落ちて来るものを見つめ、楓は思い切り睨み付けた。

 その瞬間のことだった。大きくなるそれ、落ちて来るものは動きを止めた。重力に身を任せていたそれを楓は手元に引き寄せて確かめる。茶色の物体、中には黒々としつつも少しだけ茶色がかったものが詰められていてそこから可愛らしい黄色の花が咲いていた。

「植木鉢」

 言葉にして確かめて、観察を続ける。植木鉢の茶色から突き出たものは同じく黒い針。楓は針を引き抜いてその目に厳しい感情を、乾いた警戒網を張りながら観察を続けた。針だったものはいつの間にかその鋭さを失い艶やかなものへと、正体を知ると共に楓の心の底に深い不快感と黒々とした嫌悪感を挿し込み産み落とす。

「髪の毛」

 見知らぬ人物の髪、得体の知れない存在の残し物、もはや触れていたくなどなかったものの、手がかりになるかも知れないそれを手放すことなど出来なかった。辺りを見回しながら小さくありながらも強張った身体を震わせ強い声で吠えて辺りを震わせた。

「どこだ、何処に居る、里香を狙うやつ、どこだ」

 呪文のように唱えながら目を凝らし、必死に探し続けて更に言葉を零して落として里香の心にまで刻み付ける空気の震えと変えて行った。

「教え込んでやる、人を殺すことが他の何人もの人を不幸に陥れるってことを。今まさに私を不幸にしようとしたってな、痛い目見せてやる、怒りの炎で怒りの雷を」

 声に滲む棘が怒りのカタチ、言葉に表されたものこそが怒りの箱。開けてはならないものを開けてしまった敵は今どこでどのような想いをしているものだろう。

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