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第2話 ネクロスリップ ――2 運命の捻じれ

 そうして意識を取り戻したそこは何故か学校。

 里香は自分の身に今起きていることについてどうにも正しい言葉を当てはめることが出来なかった。

 里香は間違いなく一度死んでいた。

 廊下を歩き、一本の通路は枝分かれして。里香は右へと曲がりながらあの少女に会いたい、そう思っていた。

 先ほどよりも少しだけ進んだところだろうか。灰色の髪の少女はその小さな身体で歩みを進めていた。揺れる紺色のスカートの方が少女本人よりも派手に見えてしまう、セーラー服が不自然に膨らんで見えるのは大きめのサイズを着ているからだろうか。

 歩みを進めて里香は少女とすれ違う。その時、待っていたと言わんばかりに、決められたセリフと言いたげに呟くのだった。

「……異能力者か」

 少女の低い声は空気をも冷やすほどの落ち着いた響き、というよりは沈み切った響きをしていた。

「あのすみません、私、この景色とその言葉、知ってるんです」

 不思議な言葉に対して放つべきものは不思議な言葉。少女は里香の顔を横目で覗き込む。目の下には濃いくまが刻み込まれていて永遠に取れそうにもない。そんな日頃の疲れを知らせるくまと宝石のように透き通った紫色の瞳が里香の心をつかみ取った。

「予知能力か、曖昧なモノまで含めたら一番多い」

 夢を見て、ふとしたところで予感よりも強い予感のような何かを感じ取って遭遇しては思い出す。弱い予知能力の流れは基本的にそうなのだという。

 里香は口に含み待機させていた反論を一度少女の言葉を飲み込むことでようやく吐き出した。

「違うの、私のは。予知じゃない」

 少女は固い顔に似合わない柔らかな笑いを浮かべながら答えを返してみせた。

「分かってる。微弱な予知なら私が気付くわけないしあなたの反応も予知をしてきたわけじゃなさそうだ」

 予知の経験者であればこの程度の言葉では動じないだろう、それが少女の出した結論だった。そこに更なる言葉が、全く異なる言葉が挟み込まれる。

「私は福津楓。五つの異能力を使いこなす世にも珍しい複合能力者だそうだ」

「私は朝倉里香。さっき死にました。転生先は同じ世界の死亡ちょっと前」

 途端、楓は目を見開いた。紫色の目は里香をしっかりと捉えたまま目の下のくまは張り付いたように目の下をなぞり続ける。

「タイムスリップの派生……きっと死が決定されるのが発動条件のタイムスリップ、ネクロスリップとでも呼ぼうか」

 死から滑る時間のチカラ。本来遡ることも許されない時間というものを、変えることの出来ない運命というものを変える能力ということだった。

 とにかくだ、そう付け加えて楓は里香に無気力気味な微笑みを投げかけた。

「生きてるだけおめでとさん。帰りは気を付けて」

 そうして学校という場所をひとり去ろうとする楓。しかしそれは叶うこともない話。手を握りしめ引き留める少女の姿がそこに在ったのだから。

「私と一緒に帰って。少し怖いから」

「私の顔は怖くはないんだな」

 冗談めかした発言は遠回しに早く帰らせてと言っているように聞こえたものの、ここで引き下がってしまうわけにはいかない、何故だかそう思っていた。胸騒ぎが絶え間なく押し寄せて来るのだった。

「怖く……ないよ。そもそも暗い顔してるだけじゃん、カッコいい顔してるからって陰鬱纏っても冷静装っても誰が怖いって言っても私はお見通し」

 人差し指を突き出す仕草から星が散るような可愛らしい印象を抱かせる。それが里香という女だった。

「で、私にそこまで話すってことは……死んだんだな」

 楓の問いに頷く他ない、そう、先ほどトラックに轢き殺された。それを伝えるとともに楓の表情に更に大きく深く濃く苦しい影が纏わりつく。

「そうか、じゃあもうそこは通らないように」

 楓の忠告は何処までも単純な方向を示していた。一直線だった。実際里香も次はそうするべきだと結論を出すはずだった。

「いや、もしかすると私と話した時点でトラックは通り過ぎてるだろう。ならいつも通りで問題ないか」

 訂正された言葉、それこそが最も単純。もしかするとこの少女と話すこと、死の回避に取る行動はそれだけでいいのかも知れない。先ほどの死の前では知らなかったはずの自身の能力に加えて他の能力者の存在、更にその能力者と仲良くなったということ。

 既に、運命は大幅に道筋を変えてしまっていた。

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