鳩の羽ばたきが、自然界に住まう優しい音が現実に引き戻した。意識を失っていたのだろうか。そうでない事などとっくの昔に理解していた。意識を引き戻された瞬間、学校の廊下に立っていたのだから。里香は虚空の心で景色を見つめていた。その事実だけを受け止めて辺りを見回した。
幾つもの木の板を張り付けて造られた床や見るからに固そうな白い壁、外の景色を見せるように穴を開けるようにはめ込まれた窓。
見るからに学校の廊下。明らかに平和な景色そのものだった。
里香は首を傾げながら己に訊ねる。
「さっきまでの、夢だったのかな。それとも今が夢? それか走馬灯か天国かな」
里香の脳にはしっかりと刻み込まれていた。あの日あの時の光景が再び流れ出す。
歩いていた時のこと、目の前をゆっくりと歩く灰色の髪をした背の低い少女と擦れ違う時に彼女は言っていた。
「……異能力者か」
その時も同じように首を傾げていた、当然のように分からないもので、大きな仕草で沈黙の疑問を投げかけてはみたものの、その少女は既に里香の顔すら見ていなかった。
不思議な出会いがあってからというもの、それから不思議なことはそう起こらない、今日の中でも最もおかしな瞬間だと思いながら足を踏み出し学校を出ながら歩き続けては十年以上見続けて見飽きてしまった日常風景に目を通し、角を曲がる。その瞬間の出来事だった。
けたたましく響くタイヤのスリップ音に耳を叩くクラクション、更には大きな体が迫ってきているという事実。それらが迫り来て里香の脚は棒のように固まってしまっていた。動くことが叶わなかった。