バクバクした、バクバクしてるっ!! 今も!!
ハンクはアリーヤの部屋を出て、冷静を装って自分の部屋に入った途端、そう思ったわけではない。
自分の欲求からそうした時からずっとそうなっていた。
(何だ? あれ! アリーヤはあれなのか?! 俺よりも楽しんじゃって! 結局、カワイイのか!!)
二人して同じことを思っていたなど露知らず、アリーヤの事を考えれば、悶々として来る。
あそこで踏み止まれたのも立場があったからこそ、なかったら今頃ーー。
ブンブンと頭を振って、邪念を吹き飛ばす。
俺は兄上のようにはならないぞ! と再度誓って、フマルロからずっと肌身離さずある剣を見る。
これは代々フマルロに伝わる剣じゃない。
どこかから横取りした物でもない。
正真正銘、ハンクが大人になった証として作られた物だ。
豪華な装飾はないが、切れ味鋭く、窮地の時はこれがよく働き、身を守ってくれた。
どこぞの腕の良い職人が丹精込めて作ってくれたのだろう。
ありがたい……と思って、ふと部屋の扉の外に人の気配がした。
アリーヤであれば今頃浮かれているであろうと思えば、この落ち着いた感じはグレッグか?
ハンクが扉を少し開ければやはりグレッグで、にこやかに笑っていた。
「何だよ?」
「いいえ、あなたの機嫌が良さそうに感じられたので、行く前と違って」
「ああ! そうだな」
「それは良かった」
「それでどうなった?」
「はい……」
グレッグはとても有能だった。だからこそ、父からその褒美として剣を贈られたのだろうし、今も役立っているのだろう。
そのハーシムの言う実家の爺さんの評判とその家で一番若い侍女について聞いて来たというグレッグはフマルロの者より劣るが侍女としてはちゃんとしており、その者は奴隷商人からではなく、働き手として幼い頃からそこに入ったようで年頃もアリーヤと同じくらい、容姿もそこそこ良いようだ。
「そうか、アリーヤも気に入ってくれると良いが」
「まずはその子が来るかですね」
「ハーシムに任せよう。これは報酬なんだ、とやかく口出しはできない」
「では、違う者だった場合は?」
「そこまで手放したくない相手だとすると何かあると思うが、その名前は分からなかったのか?」
「はい、誰も知りません。わざわざ聞かないと言ってましたよ」
「そうか……」
それだと本当に待つしかなくなる。
気前が良ければ良いのだが。
それから間もなく、アリーヤは新しい侍女に出会った。
名前はリーン。
少し大人に感じる大人しい女の子だったが、アリーヤとは一つ違いの妹的存在だ。
お姉さん! と胸弾む声でアリーヤに言われてしまってはなかなか嫌いになれそうにない。
リーンは一人家事をする。
今までだってして来た事だから何も苦労はない。
同じ事をするだけ。
ここに来る前は他所の国の人達……ということで怖くもあったが、別に裏切れも言われてないし、守れとも言われてない。ただ、この家の家事を全てしろと言われただけだ。
「本当に、一人で出来ますか?」
「はい、お任せください」
そうでなければもう自分は帰る所がないと分かっている。最初は奴隷商人に売られそうになっていた所をこの子はまだ何も知らないんだろう? だったら、ワシの所の侍女になれば良い。このくらいの年齢の方が手癖の悪さもなく、すぐに覚えるからな……ということで、あの豪華なここより立派な広々とした家で侍女として働いて来たが、どう見てもグレッグという人は今も怖そうだけど、ハンク様もこちらに一切関心がないようだけど、アリーヤ様だけは一人優しく何か困った事があったらすぐに言ってね! と笑いかけてくれる。なので、すぐに懐いた。
その優しい愛に飢えていたのかもしれない。
親と小さい頃に別れたという共通の部分もあり、年上ながら私がいないとダメね……と思える感じも相まってすぐに打ち解けられた。
けれど、アリーヤ様は友達ではない。
それなのにアリーヤ様は話し相手になって! と言って顔を出して来る。
迷惑だ! と思えない。
しょうがないなぁ……とは思うけれど、そんなアリーヤ様もとうとうあのマビナサ遺跡ダンジョンに潜ると言う。
「お気を付けて」
「ええ、行って来ます。大丈夫よ、心配しないで」
その微笑みはずっと続いていた。
穏やかで、それがこちらにも伝わって、自分もそう思えて来る。
だから、大丈夫だ。
何があるかまだ分からない未知の世界だけど、勇気を持って行く人もいる中、この家の人達は堂々とその中に入って行った。
見ろよ、あれがマビナサ遺跡ダンジョンだ――後退りする者を横目にハンクとアリーヤとグレッグは普通に歩き、中を進む。
これがあの賢者の思いの形なら、何も怖くない。
だが、あのモンスターを出現させる意図が分からない。
「用心はしろよ」
「はい!」
アリーヤが少し怯えながらも気合いを入れて言う。
グレッグは無言だが、もう三回目となると普通にもなるか。
前回の時は昼だったからか、何にも出会わなかった。
それともあの蜘蛛のモンスターがここの
だが、自分で言ったその言葉を思い出し、アリーヤはまたしても無防備に武器一つなくやって来た。
大丈夫です、私にはあの
アリーヤは俺が守りたい、無理ならグレッグに頼むが、アリーヤにこの命を助けられるということは、またしても自分が不注意を起こすことを意味するということであり――。
何やら気難しく考えているハンクに何か言いたいような言えないようなアリーヤにグレッグは言う。
「お気になさらずに、それにあなたがこうして居る限り大丈夫ですよ。大概、あなたの事について考えていますから。怖い事はありません。しかし、ハーシムさんの選択は間違っていなかった。私達のような者がまた現れても困らぬようにとこのダンジョン近くに案内人を置き、あのギルドまで行ってもらい、仲間になってもらおうとか、このダンジョンで不自由なことがないようにどうしたら良いか案を出せば、それに見合った額を支払うとか。今日はそのどうにかしたい所を見つけるだけですから、深くまでは行きません。そうだ、あの蜘蛛のモンスターは昨日片付けられたんです。邪魔だろうと言われてね。昨日、ハンク様と一緒に見て来ましたが、それは見事に残っていて、他の何かが自分の食事にすることもなかった。だが、それはそれがいたからであって、いなくなったらどうなるかは分かりません。生態系はまだ分かりませんしね」
そんな長々とした話をされたのは初めてだった。
だからアリーヤは何と答えたら良いか分からぬまま、暗がりを進む。
一応前もって、このダンジョン全体に明かりが必要だと言ってあるが、まだ改善せれていない。
何があるかまだ全然分からないからである。
おっかなびっくりという感じで護衛できるような人間を求む! と言って、その仕事をする人達がそういう人を探す為、ハーシムのギルドに訪れたという。
そうやって人の輪は自然と出来て行った。
侍女のリーンが来てからの数日間はそういう忙しさの中で過ぎて行ったから、ハンクもあまりアリーヤをかまってやれなかったが、その分、リーンと仲良くなれたようで良かったとハンクは思う。
さて、仕事をしなくてはな――とハンクは始める。
何が必要か。
それをつらつらと紙に書いて、ハーシムに言葉で伝えて、この国の文字にしてもらう。
そうするのはこの国の文字が簡単そうではないからで、すぐに覚えるには時間がかかり過ぎるからだ。