スハイルがこれが要るだろうって母ちゃんから! と言って、少々重そうな荷物をハーシムと一緒に持って来た。
その中には数日間くらいの食べ物や寝るのにあると嬉しいと思っていた枕や毛布、服の着替えなんかもあり、こうして何から何まで用意してくれるのがありがたかった。
「どうしてこんなに?」
思わず言ってしまったハンクにハーシムは答える。
「儲ける為の下準備だ。これを渋ったら上手く行かないからな~」
なるほど、逃げられないようにする為のものか。
ハンクとしてはそう言われても他に宛がないのだからこのまま甘えさせてもらおうと思うのだが。
「さて、ダンジョンでモンスターを一匹もうやっつけていると聞く。それは大きかったんだろう?」
「ああ。でも、暗闇過ぎて確かなことは言えないが……襲わなくなったのは確かだ」
「そりゃあ! お前さん達、すごいな!」
ハーシムの声が一気に弾んだ。
「普通は出来ねえよ、そんな事。はぁ、その残骸が少しでもあれば、金を出すんだがな~」
「そんな物を集めて何になる?」
「あのダンジョンがまた急に開かなくなったり、消えたりするかもしれない時の為にそれを絵にしておくとかしておいてさ、ここにこんなのがあったんだぞ! って展示でもしてお金にしたり、それを元に観光っていうのもアリだな!」
ハーシムの考え方ではこの国の未来が明るそうだ。
「そうすれば、人買いも居なくなるだろうし、人売りだって減る。この国はさ、見た通り、資源って物がなかなかない。だから、貧しい家々の者はそうするしかなくなるんだ。それをなくしたいってのもこのダンジョンでどうにか食べれるようにならないか? って考える発端になったんだが……」
スハイルがちょいちょいとハーシムの服の袖を引っ張る。
「何だ?」
「掃除をしようよ」
「そうだな、この前やったのは一月前か。スハイルはもう一人で出来るだろ?」
「俺達も手伝うぞ?」
心にもない事を言うハンクにアリーヤもグレッグも驚いた。
「いいや、大丈夫だ。これくらい一人で出来なきゃ、ギルドの掃除もまともに出来なくなる。忙しくなったらどうせ一人で頑張るしかなくなるんだ。あそこはオレ達家族だけでやって行こうと思ってるからな」
そうなのか、働き手がないんだな……とハンクが思っていればハーシムはけろっと笑う。
「その方が誰かに儲けをやらなくて済むだろ?」
「ああ……そうだな……」
ハンクとしては苦笑いするしかなくなった。
そういう考えも併せ持つのか、この男は……。
「じゃ! オレはちょっとばかし、違う仕事をして来るから、もし、こいつが大変そうだったら手伝ってやってくれ。たぶん一人で出来ると思うんだが……」
「できるよ! 大丈夫!」
たぶん成長を促されたことに気付いて、スハイルはそんなことを言っている。
「俺達の部屋は良いから。そうだな、その出入口くらいを掃除してくれれば、あとはもう本当に」
「そうそう遠慮するな! 少しは
「ない!」
きっぱり断言したハンクにハーシムはニヤッと笑った。
嫌な奴だ……そう思うのはハーシムの本音が見えないからだ。
本当に嫌ならそんな事最初からしないはずだし、あれか? 何か隠している物がないかと怪しんでいるんだろうか。
それともその前の家の主が残した何かがないか改めてもう一度見ておきたいとか……あらゆる事を考えた上でスハイルが掃除するのを見張ることにしたハンクは他にする事がないかと考えた――。
これで寝る所、食べる所の確保はできた。
数日間はそのまま食べても平気な食べ物で何とかなるだろうが、それが終わってしまったら、ギルドに行くか――、きっとその頃にはダンジョンでモンスター討伐だ。
そうすればお金だって何とかなるだろう。
でも、そうすると誰が疲れた体で、家事をやるかだ。
スハイル達はきっとギルドが忙しいだろうし、もう頼めない。
アリーヤはフマルロに居た頃からその手の事をしていない。
もちろん、ハンクだってグレッグもずっと国の為の事はして来たが、そういう事はして来なかった。
困ったな……と思えば、アリーヤがひょこっと顔を出し、話がありますとハンクに言って来た。
「何だ? 自分の部屋の模様替えはもう出来たのか?」
「はい、簡単に済ませました。それで、思ったのですが、この家をずっと綺麗にしておくには誰かが必要でしょう?」
「それは俺も考えていた」
「では、私がこの家を掃除したり、料理するのはどうでしょう? そうすれば、奴隷のような者も必要ないでしょう?」
「それは……」
アリーヤに言われると口をつぐんでしまう。
アリーヤの口から『奴隷』と言った言葉を聞くと、ハンクの心奥深くにグサッと一瞬で刃が刺さるのだ。
それは自分がしてないでは済まされない事だ。
だが、彼女が言う奴隷に頼らなければ今はどうにもならない。
「さっき、スハイルが軽く掃除をしてくれたが、ああいう子が居れば済むんじゃないか?」
「では、子供にそうさせるのですか?」
「この家を見ろ、ある意味、ここに住めるのは従者を率いたりする身分の者だ。それを示すにグレッグは適しているが、君と男二人しかいない家に怪しみを持つ者も少なくないだろう。もし、金が手に入ったら、君の手伝いをする侍女でも雇ってはどうだろう? それは求人を出すことになるだろうが、それよりも手っ取り早いのはさっき、ハーシムが言っていた人買いがたぶんまたその人売りになって……、奴隷商人から買うことだ。そうすれば、一人は救えたことになるぞ」
あまりに身勝手な言い分だったが、フマルロもそんな国だ。
異議は唱えないだろう。
そう思っていたのだが、アリーヤは言う。
「この国に奴隷商人なんて本当にいるでしょうか? スハイルと出掛けた時は何もそういうのを見かけませんでしたが」
「それはそういう所を見せなかったかもしれないし、奴隷商人だってずっとそこにいるわけじゃないだろう。移動してるかも」
「移動ですか? それは人売りから買う為ですか?」
何とも居た堪れなくなる。
もうアリーヤはフマルロに居た頃とは違うのかもしれない。
そうなれと促したのは自分だし、あの頃にまた戻れとは言わない。
ハンクはつぐんでいた方を僅かに開き言った。
「そうだな、でも、そうするのはそいつも生きる為だろう? 俺だってそうだ。あのまま王族であったら、こんな事をしていない。そんなに奴隷商人から買うのが嫌だと言うのなら、ハーシムに頼んで侍女の求人を出してもらおう。だが、そうすると金が必要になる。その金がないから今は貯めなきゃいけない。そうしないとフマルロに帰ることもできない」
そこでアリーヤは怪訝な顔をした。
ハンクもそうだ。
あんなにアリーヤにあの国を出たいか? と言っておきながら、自分は帰ろうとしているのか?
自分の心の感情が分からなかった。
今まではどうにかしないといけない! というのが真っ先に来ていて、深くは考えていなかったが、あんな国でもハンクにとっては自分が育った国だ。若干の愛着はある。
それでも選んだのに、これではアリーヤを裏切ったみたいだ。
「アリーヤ、すまない。少し考えさせてくれ」
そう言うとハンクはアリーヤを自分の部屋から出し、悶々と考えることにした。
気が張っていたのだろうか? いつになく、自分らしくない。
「それであの方に家事をさせる気ですか?」
「あの方はないだろ?! グレッグ!」
「ですが、あの国ではそうでしたので、名前を呼ぶのをお許しいただけるのならそうしますが」
「悪かった」
少し頭に血が上り過ぎてしまったようだ。
冷静にならなければ。
「一つ、良い方法がありますよ」
グレッグがこう言う時、絶対的に良くない事が含まれるのだが――。
「お前は正気か?!」
「ですが、これしか方法はありませんよ? あの調理しなくて良い食べ物がなくなる前に済まさないといけません。少し奴隷商人について調べてみたのですが……」
いつの間に? そんなハンクの顔を見て、グレッグは笑う。
「そうする為に私はいるのです、あなたの為にね」
それをグレッグに言われたくなかったが、仕方ない。
要は奴隷だと分からなくさせれば良いんだろ? 一人でも救える方が良いではないか? 兄のような人に買われたら最後なのだし――そんなモヤモヤの中、ハンクは動いた。
今は一円無しだ。
少しでも金が欲しい。
「残骸でも拾って来て売るかな?」
そんなわざとらしい言葉を聞いて、アリーヤは思った。
やっぱり――、それでハンクを嫌いにはならないけれど、そうまでしてアリーヤに家事をさせたくないのはどうしてだろう?
「私の作る料理がマズイとか思ってるのかしら? ちゃんとウルファさんにお願いして作り方を教わって、それをそっくりそのまま作るのに」
というのは、無理なのだろうか。
最近、ハンクに意見してもダメだと言われてばかりだ。前は前で意見もなかったからすんなり聞き入れていた。元王族でも王族であった彼の許婚なのだから普通はやらないというのか。
それでも! アリーヤはきっと奴隷商人からハンクが奴隷を買うだろうと思っていた。
それは正解だが、紹介の仕方が違うかもしれない。そこは目を瞑れというのか――。
どんな子が来ても、アリーヤとしては絶対に受け入れる覚悟だった。