ガルブサアーダに入ると温かさがあった。
木材を多く使っているからだろうか、陽光が見たこともないような装飾のある大きな窓から入り込んで、この中を明るく見せている。
「アラベスクは珍しいかい?」
そんなことを訊かれても困るのだが、アリーヤは少し固まって大人しい声で「はい」と言った。
「もっと元気になりな! お嬢ちゃん! 冒険者になるんだろ? 違うのかい?」
肝っ玉母さんとはこういう人だ……とハンクが見ていれば、そのウルファがハンクを見た。
「さてと、うちのダンナに言われたんだろう? 何を言われて来たんだい?」
え? アリーヤとちょっと態度が違くないか? とハンクは思いながらも言った。
「あのダンジョンの扉のことはご存知なんですよね?」
「ああ、そうだね。さっき聞いたよ、この子から」
そう言ってスハイルがひょっこり顔を出す。
父親と同じ感じに少し笑いかけたが、気分を取り直しハンクは言う。
「あなたに言えば必要な物を用意させようと言われました。マビナサ遺跡ダンジョンに夢を与えてくれた俺達に感謝しているらしく、その恩返しだと」
はぁ……と大きな溜め息を吐かれたが、ウルファは仕方ないね……といういうような笑みを浮かべ、言った。
「じゃあ、今からそのあんた達の必要な物を揃えようじゃないの! まだまだここは開く前だからね。時間の余裕はあるし! 安心しな、悪いようにはしないよ!」
この夫婦は同じ事を言う。似たもの夫婦というやつか……と自分の親との違いを感じながらハンクは最初に食べ物が欲しいと言った。
「昨日の昼から何も食べてないだってぇ!」
と驚きながらもウルファは料理を作ってくれた。
その間にと、その外見じゃあ、この辺では悪目立ち過ぎるよ。まずはすぐに変えられそうなあんた達に似合う服を探して来な! とスハイルに案内させて服を買いに行かせてくれた。
お金もスハイルが母ちゃんからもった! というお金で何とかなった。
「どうでしょうか?」
とアリーヤに聞かれてもハンクとしては「良いんじゃないか?」と答えようがなかった。
その露出少なめで……とアリーヤがお願いしても、それほど露出少なくなるのはないよ! と店のおじさんに言われ、赤面しつつもこの店一番の露出の少なさだ! という服を買ったは良いが、目のやり場に困る……というか、この腹チラにもならないくらいに大胆にお腹や腕やら白い肌が見えてしまっているのが何とも言いようがなく、グレッグに見られて恥ずかしい! ハンク様に見られて恥ずかしい! と言った風で、スハイルの方はゲラゲラとおかしいのか笑っていた。
「スハイル……」
ハンクがこそっと言って、スハイルはすぐにどこかに行ってしまった。
何を言ったんだろう? とアリーヤが思っているとすぐにスハイルが店間違えたみたいだ! こっち、こっち! とアリーヤを手招きして女店主の所へと連れて行った。
言えば分かる子だ……と、ハンクが満足していると、やはり先ほどよりも露出は少なくなったがまだ腹の辺りが見えている物になってアリーヤが戻って来た。
驚いた顔をハンクがしていると、あれ~? 違うのか? と言った感じでスハイルが口を開いた。
「アリーヤは踊り子じゃないのか?」
「違う、アリーヤは……」
すぐにスハイルに答えることができない。
自分だってそうだ、とある国の王族だったんだ――とは言えないから、何と答えようと思っているとグレッグが言った。
「人妻になりたい方なのですよ」
「あ~!」
と何とも小さなお子様へはしちゃいけない答えだったがスハイルはすぐに納得した。
「じゃあ、もうちょっと華美じゃなくても良いんだな! おじさん、このお兄さん二人と同じ普段着をこのお姉さんにちょうだい!」
「それなら、その服を着せてもらった所のが良い。ここはそういうのしか今はないからな……」
「そっかー!」
とゆるやかな会話が続いていたが、アリーヤの方はその普段着を早く下さいー! と一人先に行ってしまった。
そんなに嫌だったのか……むしろ、こっちは。
そこで気付く。
「おい、グレッグ」
「はい?」
「今のは忘れろよ? 良いな?」
「はい、承知しました」
と、心なしか普段と言葉使いが違ったような気がした。
やはりグレッグは有能なのか――とハンクが思っていれば、ゼーハーとは行かないまでもかなりの慌てようで帰って来たアリーヤがスハイルにお金を、お金を払ってください……と泣きついていた。
「大丈夫だよ、お金払って来るね!」
そう言って、スハイルが走って行ってくれたことにアリーヤは感謝し、ハンクに普段着となった露出のない、それでも顏やらはちゃんと出ている物を見せて来て、同じ質問をしようとしている。
「なかなか似合ってるじゃないか!」
言われる前に言ってしまったが、脳裏に焼き付いているのはそちらではない。
「今の方が良い」
それはハンクもだが、従者であるグレッグの前でしてほしくない格好だったから余計にその言葉に力が入る。
「そうですよね! 良かった」
ほっとしたような笑みを浮かべて、アリーヤは落ち着いた。
「そろそろご飯が出来る時間だよ、帰る?」
「ああ」
何とも大変だったが、ガルブサアーダに着くと良い匂いがして来た。
「お帰り! もうすぐだよ! モリモリ食べて元気を出して、頑張っておくれよ!」
それはまだ先の事だろうが、いただきます! と言って、三人はウルファの言う通り食べた。
最初に出て来た時は見慣れない食べ物ばかりで何だろう? と思ったが、食べてみると案外美味しく全てを食べ終わった所でウルファは言った。
「次に必要な物は何だい?」
これが肝心だ! とハンクが言う。
「家が欲しい。貸してくれると聞いたんだが」
「そう言ったのかい? あんた」
「ああ、言ったね。それで戻って来たんだ。良い所が一つある。どうだい? 行くかい?」
「一つ?」
そこの部分が気になるが、これ以上我がままを言うわけにも行かず、ハンク達は行ってみることにした。
「ここはな~、オレの爺さんの友達の友達の家だったんだが、今は使っていなくてな……。こんな広そうな家には誰も住みたくないと言って困ってるんだ」
「困ってる?」
「ああ、人が住まないと家は壊れて行く。だから、少しでも安くして貸してやる。オレのギルドに来たからにはそういうお得も付くぞ!」
と明るく言われては、ハンク達も中を見て良いか? と言うしかなかった。
ハーシムの案内で全ての所を見た。
一応四部屋あるようで、この広さだとどのくらいか? と普通の人なら考えてしまう所――。
「他にはないんだろうか?」
「ああ、今はここしかない」
きっぱり言われてしまうと怖気付いてしまう。
「まあ、他にあるとすればオレ達家族と一緒に住むか……だが、そこまで広くないしな~……お嬢さんだって、オレと一緒に川の字は嫌だろうしな……」
当たり前だ! とハンクは食って掛かる前にグレッグが言う。
「どのくらいお安くなるのですか?」
そうだな……とハーシムはダンジョンでどのくらいの財宝を手に入れられるかによってもだが――と交渉を始めてしまった。
「アリーヤはグレッグと一緒に住むことに反対は?」
「ないです。ハンク様がいらっしゃれば、どこでも」
そういう考えか、と思った所で話はまとまったようだ。
「じゃ! 今日からってことで!」
意気揚々と一人ハーシムが帰って行く。
「何を言ったんだ?」
ハンクが問えばグレッグは少しも悪い事をしてないように言う。
「中には化け物がいたと言っただけですよ。それを二人でやっつけたと」
「それだと――」
案の定、ハンクとグレッグには追加報酬でどうだ? という話が起こり、その化け物を総称して『モンスター』と呼ぶことに決まったらしく、そのモンスター討伐も加わってしまった。
アリーヤを危険な目に遭わせたくないのに――というハンクの思いを知ってるであろうグレッグは言う。
「それぐらいしないとここは住めませんからね」
しっかりしているというか、グレッグに任せたのが間違いだったというか……。
「分かったよ、やるよ。そうじゃないと家がなくなるしな」
もう野宿は嫌だとハンクも知っている。
心細いよりは良いだろう。
あのダンジョンの中にもっと良い武器があれば良いのに――そんな事を思ってハンクは他に必要な物がないか考えた。