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第3話 茂みの中を見て来た者達

 赤い乾いた土で出来た小高い丘の上にその立派な両扉がある遺跡ダンジョンはあった。

 朝になり、一人、また一人と起き出した最果ての地に住まうマビナサの民達はその遺跡ダンジョンの扉が開かれていたことに騒然とした。

 この遺跡ダンジョンが現れたのも突然だったが、この扉が今日まで開くことはなかったのに! と、誰が開けたのか? 神か……そんな混乱の中、とある茂みの中、ハンクはアリーヤを側に座らせてその様子を見ていた。

 あの遺跡ダンジョンから出て来て、夜の間中、ハンクはアリーヤの手を繋いだまま、グレッグとこの街中をうろうろ歩き回ることとなった。

 それというのもやはり、この身一つでここに来させられたせいだろう。

 あの賢者は馬二頭と引き換えにこの地まで最速で送ってくれたが、ここで生活するには何をすれば良いだとか、そういう知恵はくれなかった。

 だから、ハンクは考えたのだ。

 まずはお腹が空いたし、お金のかからない水や木の実等を探そうと思った。

 けれど、この地はそういう物が育つには難しい環境のようだと、ざっと辺りを見ただけで分かった。

 では、この持っている剣を売るか? でも、そうするといざという時に戦えなくなる。それで大事なアリーヤを守れなくなるのは嫌だった。また探しに行ってみると言って、一人行ってしまったグレッグなら素手でも大丈夫そうだが、もし身分を問われたら、この剣が役に立ちそうだし、どうするか。

 ハンクは空を見上げた。

 フマルロと同じ青い色だ。

 もし、あの時、何もなくてあのまま馬の上にアリーヤと一緒に居たら、話の続きをして、あの国を出るとアリーヤが決めたなら、俺も一緒に行くと言いたかった。

 俺は第二王子で何も問題がない。あの兄上では問題があるかもしれないが、それで俺が継ぐということにはならないだろう。

 許婚の件とは違う。

「あの、ハンク様?」

 アリーヤの声がハンクの思考を停止させた。

「どうした? アリーヤ」

 ハンクがアリーヤの方を見れば、アリーヤも、ハンクと同じく考え事をしていたようで、何か言いたそうだった。

「何かあったか?」

「私、思うのですが、きっとここにも病気や怪我などをされている方がいると思うのです。だから、私の魔法で治してお金をもらうのはどうでしょう?」

「それは良くない!」

 ハンクははっきりと言って、アリーヤの腕を掴んだ。

「聞いただろ? 人々はあの扉が開いて大騒ぎ。そこに魔法を使うアリーヤが現れたらどうなる? もし、この国でも魔法を使う者がいないとすれば、神だとか言って崇められてしまうかも」

「そんなことはないと思いますが、だって、私、どう見ても美人じゃないでしょ?」

 ああ、美人って言うよりアリーヤは可愛い。

 可愛くて愛らしい。

 俺の癒し的存在だ! 等と素直に言えるはずもなく、ハンクは言う。

「美人というよりアリーヤはその魔法のように癒しをくれる、素晴らしい存在だ、自信を持て。それにアリーヤは俺の許婚だ、誰が何と言おうとな!」

「はあ、それが求められた答えでないことを一番あなたがお分かりでしょうに」

 残念な感じで言って来たグレッグにハンクは照れ隠しをしながら言う。

「ぐ、グレッグ! どうだったんだ?」

「同じでしたね、違うのはあのダンジョンに名前が付き、あんな立派な建物だ。中に財宝があるかもしれん! ということで数日後からはあのダンジョン内を探索して財宝を見つけ出したら、それと同等となるお金がもらえる所ができるようですよ」

「何?」

「それは誰でも出来るのですか?」

「ええ、男女問わずだそうです」

「ハンク様、ここは扉を開けた我等も行くべきです!」

 アリーヤがそう言うならそうするか……と思った時、誰かがこちらを見ている気がした。

「誰だ?」

「お兄さん達、この辺の人じゃないね。どうだい、そのギルドに来てみないかい?」

 アリーヤよりも低い身長の年若い肌が良い具合に焼けた少年が愛想よく笑って、誘って来た。

 どうするか考えているとひょっこりその少年の親だと思われる男もやって来た。

「あんた達もダンジョンに行くのかい? なら、そんな所に隠れてないでオレん所に来な! 悪い事はせんよ、家がないなら貸してやるし、お金だって手に入るさ! その財宝が中にあればだがな!」

 ガハハ! と豪快に笑う男は悪い男のようには見えない。

 こういうのに慣れていそうなグレッグを見れば、頷いている。

 きっと腕っ節が良いとかそういう所でだと思うが。

「分かった、一度そのギルドに行ってみよう。食事は出るか?」

「ああ、あんた達はあれだろ? あの扉を開けた者達だろ?」

「え? 何でそんな事を?」

「だって、見たんだ。昨日寝る前、お兄さん達があの中から出て来る所を! 父ちゃんと!」

「しっ、静かに……スハイル、これは秘密なんだ。ここに居る全員のな」

「でも、家に居る母ちゃんも知ってるよ?」

「じゃあ、母ちゃんも入れた六人だけの秘密だ」

「分かったー!」

 そう言うとスハイルと呼ばれた少年は元気よく走って行ってしまった。

「おい、何で秘密にしてくれるんだ?」

 ハンクが訊けば、その男は言う。

「それはな、こんな風に隠れてるんだ。何かあると思うだろ? 思わない方がおかしい。どうしてそうなったかなんて野暮なことは聞かないよ。ここに来て、オレ達と会ったのも運命だ。あんただって、その方が良いだろ?」

「ああ、そうだな……俺はハンク。彼女はアリーヤで、こっちはグレッグだ」

「よろしく、オレはハーシムだ。さあ、立ち上がって! お嬢さん、善は急げだ。スハイルの後に続けばガルブサアーダに着くよ」

「ガルブサアーダ?」

「ああ、オレ達のギルドの名前だ。そこがオレ達の家でもある。何が必要か、紙に書いてほしいところだが、字は書けるか?」

「ああ、でも、ここの字じゃないかもしれない」

「そうだった! 言葉の方は問題ないんだがな……。それじゃあ、ギルドに居るオレの妻のウルファに言ってくれ。そうすれば、用意させよう。何、心配はいらない。マビナサ遺跡ダンジョンに夢を与えてくれたあんた達に感謝をしているんだ! その恩返しだと思ってくれ!」

 気前の良い男の言葉を素直に聞き入れて、スハイルに付いて行けば、まあまあ立派な建物が見えて来た。

「ほら、あれがボク達の家だよ!」

「家……ね。裕福な所だ」

 昨日の夜に歩き回った所よりも格段にそう思える。

 アラビアンな装飾がされた白い家は目立つし、良い。

「アリーヤはこれで良かったと思うか?」

「はい。ハンク様が決めた事に反対はしません」

「じゃあ、もうその『ハンク様』と言うのはやめてほしい。あと敬語も」

「え?」

「戸惑うのも分かるが、俺はもうあの国の第二王子じゃない。ただのハンクとしてしばらく生きて行きたい。グレッグには敬語でいてほしいところだが」

「仰せの通りに」

「うん、アリーヤは俺と同じ王族だった。だから、そうしてほしい。ここで自由にもっと感情を出して良いと思う。言わなかったが、さっきアリーヤに意見を言われて少し嬉しかったんだ。ずっと思ったことは言わずに生きて来ただろ? だから、少しでもアリーヤの考えを知れて嬉しかった」

 微笑まれるとアリーヤの方も微笑んでしまう。

 でも、これだけはもう一度確認しなければ! とアリーヤは勇気を出して言った。

「そう言って、私をハンク様の許婚ではないと言われますか?」

「いいや、アリーヤはいつだって俺の許婚だ」

「じゃあ、慣れませんが、頑張ってみます」

「ああ、そうしてくれ」

 良い雰囲気の所悪いけど、話は終わったかい? とスハイルに連れられやって来たウルファが満面の笑みを浮かべた。

「まぁ! 可愛い子達だね! あんた達がガルブサアーダ、最初の冒険者だよ!」

 それはハンク達の今後の生き方を明確に示したものだった。

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