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第2話 森の賢者と魔法陣

 何だ? とハンクが振り返ようとすればグレッグは一目散に草原を駆けて来た。

「すぐにどこかに隠れましょう!」

 何が起こっているのか分からない。

 当然、アリーヤだって分からないし、グレッグもまだ判然としていない様子で近くにあった森に入ったが、ここに居てはすぐに見つかってしまうかもしれない。

「本当に何が起こっているんだ?」

「盗賊か、あるいは敵国となる者が大勢侵入して来たかでしょうね」

「そんな突然に?」

「我々の国も同じようなものです」

 それをアリーヤの前で言ってほしくなかったが、グレッグの言う通りだった。

 ここのところ、治安が良かったのはたぶんまだ知られていなかったからだ。

 それを発見され、何かないかと嗅ぎ回れたのだろう。

「もっと安全な所がないか探そう」

 そうしなければアリーヤが捕まってしまうかもしれない。

 それだけはどうしても避けたかった。


 これは本当に魔法に頼りたくなって来る。

 進めば進むほど、馬が行くには狭くなって行く。

 それだけこの森は深いようだ。

 だが、こんな森今まであっただろうか? そんな疑念がハンクの中で沸き起こった時、アリーヤが少し驚いたような声をさせた気がした。

「どうした? アリーヤ」

 グレッグに聞こえないように静かにハンクが訊けば、いえ……とアリーヤは言う。

「あそこに人が立っているように見えたのですが、今は見えません。きっと見間違いでしょう」

 そう言われるとそうなんだろうと言いたい所だが、この状況だとそうかもしれないと思わせて来る。

「一旦、馬から降りるか」

 そう言えば、アリーヤとグレッグは従う。

 馬を置いて三人が歩き出せば、またアリーヤは言う。

「やはり人が居る気配がします。けれどそれはすぐに消えてしまいます。あの人はどこの人なのでしょう?」

「怖い事を言うな」

 そう叱ったものの、ハンクだってアリーヤがそう言い続ければ気になって来る。

 ハンクはグレッグに言った。

「お前は見たか? そういうの」

「いいえ、全然」

「そうか」

 こういう時でもこの男は平然としていた。

 怖いもの知らず、臆することがない。だから彼はハンクの従者として選ばれた。

「ですが、人の気配というものは消せますからね。もし、戦うことになったら、ハンク様の剣の腕の見せ所になるのでは?」

 誰に見せるって? という会話もそこまでだった。

「もしもし、お嬢さん方……。踏んでおるよ、魔法の匂いを消さないでおくれ」

 誰だ? と問う前にその老人は三人の前に姿を現した。

「これは……」

 そう言ったのは老人の方だった。

 ローブを深く被っているせいで顔は分からないがその顔はアリーヤに驚いているようだった。

 しばしその場で考え込むと老人は言った。

「付いて来なさい、あそこに戻ってももう遅い」

「どういう事だ?」

 とハンクが問えば、老人は答えながら歩き出した。

「人は皆、かつてのあの国のようになっておる。馬を二頭この森に連れて来たな……それで手を打とう。どうだ? ここから脱し、生きていきたいとは思わんか?」

 そう言われるとハンクはその通りだと思った。だが、グレッグは剣を手にしようとしていた。

すぐに横目でハンクはそれを止め、言った。

「あなたが言う『あの国』とはオゲディーのことか?」

「当然だ、だからワシは救わねばならぬ。こうして現れたのも森の賢者としてだな……」

 その説明で何もかも分かれば良かったが、そうはいかなかった。

 ちんぷんかんぷんも良い所、けれどそれでもハンクはアリーヤとグレッグを連れ、その老人の後に続いて歩く。

「ここだ、ここだ!」

 と老人は辿り着いた場所でハンクとグレッグに頼み、その石で出来た重い隠し扉を開けさせるとアリーヤをまず招き入れ、あとの二人も入るように言った。

「ここは?」

「かつて、人はここでその魔法について学んだ。だが、お前達はその時間がない。ほら、もっと奥まで行って!」

 老人に言われるがまま、三人がその通りにすると急に老人の姿は消え、眩い光が辺りを包み込んだ。

 咄嗟に目をつぶった三人に老人の声が言う。

「さあ、魔法で一飛び!」

 何だと? ハンクが薄ら目を開ければ、そこは魔法陣の上、辺りは暗い。真っ暗だ。

 火はないのか? 何か探せ! いや、ゴソッという音がした。

「何で!」

 彼の目には巨大な化け物が映り込んでいた。

 すぐに暗闇に馴染んだのは日頃から闇夜でも平気なくらい活動をしていたからだろう。

「おい! グレッグ! この状況は?」

「最悪ですね! きっとこれがかの有名なダンジョンというやつではないですか? これを倒せば財宝が手に入ったりするんですよ!」

「それは本の中の世界だろ? まさか! ここはそんな本の世界?」

「まさか、そんなことはありませんよ、絶対。言ってたでしょ、あの老人が『魔法を育て、財を成し、いつか時が来たら救い給え』と」

 なるほど、難しい言葉過ぎて耳に残っていなかったが、アリーヤにはグレッグが見つけた最適な場所で隠れてもらっているし、存分に戦える。

「他に何か言ってたような気もするが!」

「そうですね、この剣を魔法の剣になるようにしろとかですね!」

 グッ! とグレッグが力む声がする。

 アリーヤは大丈夫だろうか? それにここの出口はどこだ? それも探したい。

 この化け物はどうなっているんだ? とハンクが考え出せば、見えて来たのは巨大な蜘蛛のようだった。

 まずはその足を切り、動けなくするか、邪魔な糸を吐く口を塞ぐか目を失くすか……火の魔法が使えれば一瞬だったかもしれない。

 そう思うと火が恋しくなるが、生憎ここにはない。

 剣と化け物が戦う音が鳴り響くだけであとは何もない。

 アリーヤは隠れつつ、空気がなくならいことを考え、出口はどこか探っていた。

 もし、その空気が風によって運ばれているなら、この暗闇の出口はそちらにあるような気がした。もし、ここにハンク達が言うように財宝があるなら誰かも狙って来そうだが、そんな誰かがやって来る気配はない。

 あの老人は何故ここに飛ばしたのか、アリーヤは考える。

 アリーヤの考えはふと途絶えた。

 ハンクとグレッグが化け物を倒したようで物騒な音はなくなった。

 同時に次は出口と食べ物を探すことになりそうだ。

 やはり何度見てもただ暗いだけで何もないように感じるが、何かないかとやたらアリーヤが石のような物を手探りしていれば飛び出た石がピタッとはまったような気がした。

「あ!」

 それはアリーヤの声だった。

 それと同時に辺りは眩い煌めきに満ちた。

 金銀財宝、お宝の山だ。

 これはやはり本の世界なのではないか? とハンクが疑えば、あの老人の声が聞こえて来た。

『ほうほう、確かに、確かに……これは愉快、褒美にこれをやろう』

 そこに現れたのはまたしても石の扉。

 それもここに来る前に開けた物よりさらに巨大で何かの遺跡のようにも感じる。

『ここから出れば、そなた達はただの民の一人として暮らして行かねばならぬ。そして、忘れられた頃に戻って来るだろう。ようこそ、最果ての地に』

 それを合図としてその扉は開いた。

 やはり、その向こうも暗かったが、それは星空のせいだと分かる。

 そのくらい時が経ったのか。

 見慣れないその場所は老人が言う通りの場所。

 ハンクも地図か何かでその名前だけは聞いたことがある。

 この眼下を味わう前にハンクは思った。

 この扉が閉まれば、もう開かなくなる気がする。

 その前にこの中のどれかを持って行った方がこの後の生活が楽になるかもしれない。

 でも――と思う。

 ただの民として生きるなら、このどれかでも手にしたら違う人となりそうだ。

 二人もまだそれには手を付けていない。

 だから、自分もそうするのだ。

「行きましょうか?」

「ああ……」

 疲れ切った顔をアリーヤには見せたくなくて、ハンクは先を歩こうとした。だが、立ち止まってアリーヤの手を繋いだ。

 少し冷たかった。

 怖い思いをしたのか、それとも突然の連続で緊張したのか何も言わないアリーヤの思いを感じ取る。

「怪我はないか?」

「はい、大丈夫です」

 その微笑みだけでハンクは満足だった。


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