ベッドの上で姿勢を正した私は、ヴィンセント様に向かって深く頭を下げた。
「どうした。ヴェルヘルミーナ?」
「ヴィンセント様のおかげで、ケリーアデルを捕らえることが出来ました。ありがとうございます」
「それは、君が能力で成したものだろう」
「その能力も、アーリック族に会うことで知れたのです。そうでなければ、私は気付くことなどなかったでしょう。すべて、ヴィンセント様と出会えたおかげといえます」
「結婚の条件を守っただけだ。そう畏まることはない」
「私、これからはヴィンセント様の妻として、ロックハートの為に」
大きな手が優しく頭を撫でている感覚に、ふとお父様を思い出す。幼い頃はよく頭を撫でてくれていた。それを、今さらなぜ思い出すのか。
じわりと涙が込み上げてきた。
私はヴィンセント様に嫁いだのよ。もう、レドモンドの娘ではない。これから、私はロックハートのために生きなければならない。
決心していたつもりなのに、どうしてそれを告げようとすると胸が苦しくなるのか。
唇を噛むと、ヴィンセント様が優しく私を呼んだ。
「ヴェルヘルミーナ。そう、難しく考えることはない。これからは、ヴェルヘルミーナ・ロックハートとしてセドリックが成人するまでの後見人となり、領地を見守ればいい」
「……え?」
「リリアードの女主人になり、さらにレドモンドの再興を続けるのは骨が折れるだろうが、君には頼りになる侍女もいる。そうだろ?」
「ヴェルヘルミーナ様、私も、両親もお嬢様とレドモンド家が大好きです。セドリック様の成人まで、しっかりとお守りいたします」
すぐ横にダリアの気配を感じ、そっと顔を上げると、湯気をくゆらせるカップを銀のトレイに載せた彼女が立っていた。
渡されたティーカップを受け取ると、指先にじんわりと熱が広がった。柔らかなハーブの香りが鼻腔をくすぐり、胸の奥に広がっていく。
「私……これからも、レドモンド家を助けて良いのですか?」
「何を言い出すんだ。私は君と結婚した。つまりロックハート家はレドモンド家と繋がったんだ。簡単に衰退されたら困る。何より、苦心してあの家を守ってきたのは君だろう」
ヴィンセント様は、琥珀色の瞳に優しい光を浮かべ、再び私の髪を撫でる。
嫁いだら私の人生は終わるような気持ちになっていた。セドリックのためにレドモンド家を守る以外、私には何もないから。
でも、まだ私にはやれることがあるというの?
「それにだ。今まで通りレドモンド家を守ることが、延いてはロックハート……いや、国のためになるだろう」
「それは、どういう意味ですか?」
「まだ、花は枯れていない」
「……え?」
静かに呟いたヴィンセント様は、ちらりとセドリックを見た。
花って、もしかしてアーリック族で聞いた闇の花のことかしら。それが枯れていないということはつまり……
「セドリック。悪いが少し席を外してもらえないか」
「分かりました。姉様、お祖母様も心配していました。お話が終わりましたら、顔を見せてあげてください」
「うん。後で行くわ。お祖母様に、そう伝えておいてくれるかしら」
頷いたセドリックがダリアと共に部屋を出ていくと、ヴィンセント様は自らの手でお茶をカップに注いだ。
その姿を見ながら、私は少し冷めたお茶を口に含む。
「ヴェルヘルミーナ……残念な知らせだ。ケリーアデルは
唐突な言葉に、私は動きを止めた。
「それは、本人が否定しているということですか?」
「いや……ケリーアデルは、死んだ」
「……死んだ?」
「あぁ。衛兵の剣を奪って自害したそうだ。罪から逃れられないと思い、潔く死を選んだのだろう」
ケリーアデルが死んだ。
にわかには信じられない言葉に、私の思考は真っ白になった。
彼女は、ペンロド公爵様に助けを乞うていたわ。夫人にも、必死に訴えていた。あんな
そもそも、幻惑の魔女なら、その能力を使って逃げ出すことだって簡単でしょう。
私には、ケリーアデルが自ら死を選ぶなんて信じられなかった。
「すぐに、ウーラのもとへ飛んで確認したが、闇の花は枯れていなかった」
「……幻惑の能力を持った者は、まだ生きている、ということですね」
「あぁ。ケリーアデルのやっていたことが、幻惑の魔女の手口とあまりにも似ていたから、てっきりそうだと思っていたが」
深いため息をついたヴィンセント様は、カップのお茶を飲み干すとベッドに腰かけてきた。
「私のように能力を発現できずにいることは考えられませんか?」
「だったら、見つけ出して保護しなければならない。能力を謝って使わないようにな」
「……保護?」
「あぁ。第五魔術師団は、魔獣討伐の他にも、能力を得たものの保護をしている」
私の手から、空になったカップが取り上げられ、ベッド脇のテーブルに置かれた。
「能力は人に現れるとも限らないから、見つけ出すのも一苦労なんだが……幻惑の能力は厄介だからな」
「……あの、でしたら……私が……」
ヴィンセント様の妻になったのも、もしかして保護するため、だったのだろうか。そう考えたとたん、心に冷たい風が吹いた。
「ヴェルヘルミーナ?」
「いいえ、何でもありません……」
「心配はいらない。師団でも調べさせている。難航しているが、必ず見つけ出す」
ヴィンセント様の大きな手が私を包み込んだ。
規則正しい心音が耳に届いてくる。それを聞きながら、私はそっと瞳を閉じた。