全て終わった。
連行されるケリーアデルの姿を見てほっと胸を撫で下ろした直後、私は突然の脱力感から、その場で膝を折った。
もう大丈夫。レドモンド家から継母を追い出せたのよ。セドリックの家を、私は守れたのね。
不思議な解放感に頭が朦朧としてきた。かと思えば、身体が鉛になったように重くなる。
あぁ、あんなに空が青いというのに、それを見ているのも億劫だわ。
「ヴェルヘルミーナ!」
「お嬢様!」
「
ヴィンセント様やダリアが私を呼んでいる。その中に、懐かしい声を聞いたような気がした。
今、私を
あぁ、ついに幻聴が聞こえるようになってしまったのね。帝国のお屋敷で勉学に励んでいるセドリックが、ここにいる訳がないのに。
会いたい。セドリックに会いたい。あなたがいたから、私は今日まで頑張れたの。早く、会いたい──次第にぼやける視界の中、懐かしいさらさらの赤毛が揺れたように見えた。
◇
目が覚めた私は、ふかふかのベッドに横たわっていた。
まるでそれは、ヴィンセント様と出会ったあの日のようだ。まさか、あの日に戻ったなんてこと、ある訳ないわよね。そんな、巷の大衆文学じゃあるまいし。
ぼんやりする意識の中、小さく笑った私はハッとして勢いよく体を起こした。
「ここは……ダリア、ダリア!」
結婚式の最中だったはず。なのに、見下ろした私の姿は寝間着だった。
そんな、まさか。継母を追い出したのは夢だというの。あんなに鮮明な夢があって、堪るもんですか!
ベッドを抜け出そうとすると、私の手を誰かが引っ張った。
「姉様、落ち着いてください」
「……え?」
「今、ダリアを呼んできますね」
にこりと笑った赤毛の少年は、私の手を放すとベッド脇の椅子から降りた。
今、この子は私を姉様と呼んだわ。
年は十歳くらいかしら。くりくりとしたつぶらな瞳は濃紺で、その虹彩には金砂を散らばしたような、美しい魔力の星が見られる。お母様にそっくりな瞳は、まるで
幼いセドリックの姿が重なる。
「……セドリック?」
小さく呼ぶと、少年は振り返ってにこりと笑う。
お母様が亡くなってから、手紙でしかやり取りが出来ず、一度も会えなかったけど、私には分かる。彼が
「セドリック!」
はしたないと言われても良い。お行儀なんて知らない。
ブランケットを跳ね除け、素足のまま飛び出した私は少年に手を伸ばした。
腕の中に引き寄せた彼は、私より少し背丈が低いけど、離れ離れになった時よりもうんと大きくなっていた。背中に回された手も、あんなに柔らかかった小さな手と違い、しっかりとしている。
「ミーナ姉様、急に動くのは危ないですよ」
「セドリック……セドリックなのでしょ!?」
「はい。やっと、会うことが出来ましたね」
顔を上げると、可愛らしく微笑んだセドリックが私の髪に触れて撫でてくれた。
それだけで、今まで頑張ってきたことが全て報われたように感じ、胸の奥に熱いものが込み上げてくる。
再び、セドリックを強く抱きしめようとすると、「お嬢様」と淡々とした声が降ってきた。
「……ダリア」
「感動のご対面はよろしいのですが、ヴィンセント様がおいでです」
「えっ……?」
視線をずらすと、少し困った顔をしたヴィンセント様がそこにいらっしゃった。
慌ててセドリックから離れた私は、寝間着姿であることを思い出し、羞恥心に全身が熱くなっていった。
「目を覚まして良かった」
「あ、あの、お見苦しい姿をお見せしてしまい……」
「何を言っているんだ。結婚したのだから、これからは毎晩見せあうだろう」
「え……えっ、あ、あの!」
ヴィンセント様らしからぬ発言にドキリとしていると、大きな手が私の腰に回された。次の瞬間、突然の浮遊感と共に、私の足は床を離れた。
「もう少し、横になった方が良い」
「あ、あの、ヴィンセント様」
「ヴィンス……そう呼んで欲しいと言ったことを、もう忘れてしまったのかい?」
綺麗な微笑みを浮かべるお顔を前にして、私はどうしたら良いか分からず、ダリアとセドリックに視線を向けた。だけど、それを遮るようにしてヴィンセント様は歩き出してしまった。
「愛されているようで、ようございました」
「ええ、本当に」
淡々と言うダリアの横で、明らかに笑いを堪えているセドリックの声がした。
愛されてるって、どうしたらそういう話になるのかしら。
ベッドに降ろされた私は、ヴィンセント様の手が髪を撫でてくるのが気恥ずかしくて、もぞもぞとシーツを引き上げた。