社交界で、私は病弱な娘ということになっている。だから、婚礼はごく身近なものを招き、お披露目は後日と体裁を繕うことができた。場所も教会ではなくリリアードの屋敷で司祭様をお呼びし、慎ましやかな婚礼とさせていただきますと、案内状にも書いた。
当然、慎ましやかに終わらせるつもりは、毛頭ないけれど。
今、私たちは屋敷のエントランス前に立っている。
後ろには、参列する証人、フォスター公爵夫妻、ペンロド公爵夫人、継母ケリーアデル、ダリアとレスター、使用人一同が並んでいる。
美しく整った庭園は今日も美しく、私の門出を祝うように輝いていた。
「これより、神の御導きにより巡り合いし、お二人の結婚式を執り行います」
私たちの前に立つ、穏やかな顔をした初老の司祭様が、少しだけ微笑まれた。
「新郎ヴィンセント、あなたはここにいるヴェルヘルミーナを、病める時も健やかなる時も、喜びの時も悲しみの時も、神の試練が降りかかりし時も妻として愛し敬い、慈しむことを誓いますか」
「はい。誓います」
「新婦ヴェルヘルミーナ──」
繰り返される言葉を聞き、高鳴る鼓動を抑えるように、私は美しいブーケを強く握りしめた。
「はい。誓います」
これで私はレドモンドではなくなる。私の持つすべての権利は、ヴィンセント様のものとなる。その代わりにロックハート家はレドモンドの再興に手を尽くす。それが政略結婚の条件。
銀の結婚指輪が交換され、誓いのキスがされようとしたその時だ。
「認めないわ!」
真っ赤な顔をした継母が声を上げた。
そうよね。私が持っていた権利を無条件でロックハート家のものとするなんて条件を、あなたが認める訳ないわ。
この一ヵ月、誰もあなたの言葉は聞かなかったでしょう。あなたは、私がレドモンドの権利をいくつも有してるなんて、一つも知らなかった。だからあの日、私の結婚を大いに喜んだ。たくさんの結納金が払われ、舞い上がったでしょうね。でも、それに見合ったものを私は持参しないといけないのよ。
そんなこと知らなかった。そう言うでしょう。
そう、私たちは貴女がそう喚き散らすのを、待っていたのよ。
この場にいた誰もが、継母を振り返った。
「
「お静かに。両家の証人の署名はすでに行われています」
困った顔をした司祭様は、ローゼマリア様の方に視線をずらした。
「えぇ。ロックハート家からは私ローゼマリアが、そして、レドモンド家からはヴェルヘルミーナの祖母であられるファレル伯爵夫人が証人として署名いたしました」
「それがおかしいのよ! なぜ、母親である私がいるのに、わざわざ外から証人を呼ぶの!?」
継母ケリーアデルの訴えに、静かな微笑みを浮かべるローゼマリア様は、少しだけ首を傾げた。
「おや、おかしなことを言われますね。ヴェルヘルミーナの母はすでにご逝去されたと、聞いていますが。違いますか、ヴェルヘルミーナ?」
「間違いありません。母は私が十歳の時、天に召されました」
「それは実母の話。ヴェルヘルミーナ、貴女の母は私です!」
「……私の母は亡きマリーレイナただ一人でしたが、本日よりローゼマリア様を母と慕い、ロックハート家に──」
「お黙り、ヘルマ!」
趣味の悪い扇子を私に向けたケリーアデルが、けたたましく私を呼んだ。
その声に、条件反射的に体を震わせた。まだあの呼び名は、無能で惨めな私へと引き戻そうとするのね。でも、ここで引きずられちゃダメ。
ケリーアデルを追い出すのよ。しっかりしないと!
乱れる気持ちを整えようと深く息を吐き出したときだった。私の肩に、ヴィンセント様の手が添えられた。見上げると、そこに優しい琥珀色の瞳がある。
大丈夫、私は一人じゃない。
大きく息を吸い、真っ直ぐとケリーアデルに向き合った。
そう、私が告げなくてはならない。自分の手で、彼女を追い出すのよ。
「ケリーアデル。貴女をこの場に呼んだのは、祝福を頂こうと思ってのことではありません」
震えそうになる声を抑え、醜悪にこちらを睨むケリーアデルから一寸たりとも視線を晒さず、私は続けた。
「貴女と父には婚姻の事実はありませんでした。よって、ケリーアデルと亡き父アルバート・レドモンドの婚姻の無効を申し立てます!」