顔を上げ、静かに笑みを浮かべるヴィンセント様を見た。
昨日は、その大きな姿を見ていると、父を思い出して怖かった。だけど今は、怖さよりも胸の奥が苦しくなることに困っている。あの日の恋心が蘇ってくるようで。
でも、よく考えたら、ヴィンセント様と初めて出会ったのは、私が十歳に満たない頃よ。彼が私に恋心を抱いた訳はないし、妹とか身内の子ども程度にしか思っていなかっただろう。
そもそも彼は、女嫌いって噂まであるんだもの。
私は何を期待しているのかしら。この恋が実るわけがないじゃない。
トキメキが苦しいものだなんて、思ってもいなかった。
「……ありがとうございます」
「数日ここでゆっくりして、能力を使いこなせるようウーラに手ほどきをしてもらえば良いのだが」
「申し訳ありません。私が
感情の急降下に、思考が不安定になっていたのだと思う。
思わず「無能」と口走り、内心
顔を隠すように再び俯き、心を落ち着けようと首に下げた水晶のペンダントを握りしめる。
ヴィンセント様が横に腰を下ろした。ベッドが揺れ、真横に彼の体温を感じる。
どうしよう。魔法が使えないと知られたら、私はどうなっちゃうの。
「心配することはない。ウーラも言っていたが、能力を授かっても、すぐに使いこなせるものばかりではない。気づかない者も時にはいると言っていただろう?」
「は、はい……」
「君の能力にすべてがかかっているが、無理をすることはない」
ヴィンセント様の顔を見ることが出来ず、そのまま頷いた。直後だ。大きな手が私の肩を抱いてひきよせた。
突然のことに驚き、堪らずに顔を上げれば、端正な顔が間近にあった。二十八歳とは思えない若々しい顔は、肌に張りがあって、美しいお姫様だってかすんでしまうような美しさだ。
と言うか、近すぎるんですけど。
お父様とだって、こんな間近で顔を見合ったことはない。恥ずかしさに、頬どころか耳まで熱くなっていった。
「私は、頼りないか?」
「そ、そんなことはありません!」
「心配することはない。ケリーアデルを、必ずレドモンド家から追放する」
そう言われて、私を抱きしめたヴィンセント様は、私の髪に口付けると「おやすみ」と言って離れていった。
この夜、ヴィンセント様が同じベッドに入られることはなかった。
それから、慌ただしく一か月が過ぎた。
ヴィンセント様への恋心がどうのこうの言っている暇もなかったわ。
結婚式は私の証人として、帝国のお祖母様をお呼びすることになった。それはつまり、ロックハート家が継母を証人として認めないと宣言したも同じだ。当然、彼女は激高したけど、ペンロド公爵夫人が抗議してくることはなかった。
ロックハート家の証人は勿論、ローゼマリア様になる。それから、フォスター公爵様とペンロド公爵様がご夫妻で立ち会うことになった。お姉様からも、出席したいとの手紙を頂いたのだけど、ヴィンセント様と相談して、お披露目のパーティーに招待する旨を伝えた。
だって、これはただの結婚式ではないのだから。王子妃になられたお姉様を巻き込むわけにはいかないわ。
婚礼衣装をまとった私の姿が、鏡に映し出された。
真っ白な婚礼衣装の裾には、金の魔法糸で細かな装飾が施されている。ヴェールを飾る宝石と花は派手過ぎず、慎ましやかだ。
「ヴェルヘルミーナ様、よくお似合いですよ」
「ついにこの日が来たわね、ダリア」
「はい。今日から、お嬢様の新しい人生が始まるのですね」
「大げさね」
「そんなことはございません!」
「でも、それも全て……私自身にかかっている」
首に下げていた水晶のペンダントを握りしめ、大きく息を吸いこんだ。
大丈夫よ。この日の為、ヴィンセント様にたくさん魔法を教わり、能力を発動させる訓練をしてきたんだもの。あと必要なことは、自信を持つことよ。
神様がいるなら、きっと成功させてくれるわ。たとえ、今まで一度も発現していない能力だとしても。
ペンダントを胸の谷間に隠し、私は決戦の場に向けて足を踏み出した。
継母ケリーアデルを追い出して、愛しの弟セドリックを迎え入れる。この結婚式は、その為の儀式よ。