歓迎の食事の後、今夜は泊っていきなさいとルイーゼ様が仰られ、客間を用意してくださった。用意してくださったのは良いのだけど──
「どうして、ヴィンセント様とご一緒なの!?」
着替えを手伝ってくれるダリアを問い詰めた私の後ろには、二人で寝るには十分すぎる大きさのベッドがある。
天蓋はついていないけど、とても丁寧な作りで、支柱には美しい花の彫り物が施されている。並んでるクッションやカバーには綺麗な刺繍がされてるし、とても素敵な客間だと思うわ。
問題なのは、ヴィンセント様と二人で使うように言われたこと。
「ご夫婦になるのですから、問題はないでしょう」
「大ありよ!」
「ヴィンセント様はいい大人です。昨日の今日知り合ったばかりのお嬢様に、手をお出しになることもないと思いますよ」
「手をって、婚前に通じるのは教えに反するわよ!」
「……それを守っているのは、珍しいですけどね」
さらりと怖いことを言ったダリアは、てきぱきと荷物を片付ける。
「でも、良かったではありませんか」
「良かった? 何のこと?」
「アーリック族が味方になることです。ヴィンセント様との関係も良好のようですし」
「それは、そうね」
亡きクレア夫人はアーリックの禁を侵してヴィンセント様を生んだのだから、もっと、険悪な間柄かと思っていた。正直、簡単に森に入れてもらえものなのかと心配すらしていた。
「私は、ヴェルヘルミーナ様が結婚に前向きなことにも、ホッとしております」
「そ、それは……」
脳裏に幼い日を思い浮かべ、思わず頬を赤らめていると、したり顔のダリアが
ダリアは小さい頃からずっと一緒だから、全部知ってるのよね。
まだ恋なんて知らなかった幼い頃、ヴィンス様が、ヴィンス様がって無邪気に話していたのを、うっすらとだけど思い出すわ。恥ずかしすぎる。
ベッドの端に腰を下ろし、隠れたくて俯いていると、ダリアか目の前にしゃがんだ。そっと手を握りしめ、真摯な眼差しを向けてきた。
「無事に婚礼が済むまで、お家のことはご心配なく。我が父をはじめ、古くから仕える者達がお家を守っております」
「ダリア……」
「お嬢様は、何もご心配なさらず。私たちが、お守りいたします」
「ありがとう。皆を信じるわ」
ダリアは、私がまた家を心配してると思ったのね。
優しい手を握り返せば、微笑んだ彼女は「飲み物を頂いて参ります」といい、部屋を出てしまった。
一人になり、ホッと吐息をこぼす。
だけど、すぐに気付いてしまった。私にたくさん協力者がいることは分かったけど、肝心の、今夜をどう乗りきったらいいかの答えは出てないってことに。
ちょっと待って!
全身からどっと汗が噴き出すのを感じ、堪らず口元をひきつらせる。
待って、待って。こんなに汗をかいてしまって、匂いは大丈夫かしら。ヴィンセント様が不快に思わないかしら。汗を流したいけど、でも、そんな二度も
違うの。そうじゃないのよ。
どうしたらいいのか考えれば考えるほど、冷たい汗が滴り落ちた。
ややあって、ドアがノックされた。
ダリアが戻ってきたのだと思ってほっと胸を撫で下ろし、迎え入れたのだけど──
「ヴェルヘルミーナ、まだ起きているか?」
「は、はひぃ!?」
現れたのはヴィンセント様で、思いっきり声がひっくり返った。
「どうした? 起こしてしまった……訳ではなさそうだな」
「あ、あ、いえ……」
そう言われて、寝たふりをしていれば良かったのかと気づいた。だけど、もうどうすることも出来ず、恥ずかしさが込み上げて全身が熱くなった。
訪れた沈黙は、ほんの一瞬だったのかもしれない。でも、私は途方も長い時間のように感じた。
「今日は疲れただろう。ゆっくり休むと良い」
降ってきた言葉は甘くもなんともない労いの言葉。
一人パニックになっていた自分がバカみたいに思えてきた。一瞬にして、胸にたまっていた熱がすっと引いていった。