アーリック族長であるヴィンセント様の伯母・ルイーゼ様は、屋敷の外にある大きなサンルームへと私たちを案内した。
見事なガラス張りのドームに入り、思わず簡単の声を上げてしまった。
ドームの中には、色とりどりの花々が植えられた鉢が並んでいる。見たこともない植物も整然と並べられ、甘く優しい香りが漂っている。
「ここは、お婆の仕事部屋なんですよ」
「……お仕事部屋、ですか?」
物珍しくきょろきょろしていると、ルイーゼ様はサンルームの中央を指差した。釣られて見ると、植物の
「よう参った、ヴェルヘミーナ嬢」
「先ほどは、ご案内ありがとうございました」
改めて挨拶をすると、ウーラさんはゆったりと椅子に戻り、私たちを招いた。
「お婆は、アーリックの導き手です」
「……導き手?」
「そう。街で言うところの、司祭になりますかね。山の伝承を守り、森の声を伝えるのが役目です」
「森の、声……?」
初めて聞く話に僅かな緊張を感じていると、ウーラさんは私に尋ねる。
「魔法とは何か、知っておるか?」
「体内で生み出される魔力を、別のエネルギーに変えて行使するものです」
「うむ。その魔力は、火を灯すのがやっとの者がおれば、海を割ることの出来る者もおる」
そう、魔力は生まれもって神から与えられる祝福だとも言われる力だが、個人差がある。貴族はその力を維持するため、競って魔力の高い血統との婚姻を重ねてきた。庶民で稀に生まれる有能なものを見つければ、囲うようなこともしている。
だから、貴族の血を引いているのに、魔法が使えないなんて聞いたことがない。それくらい、長い歴史の中で、貴族は血統と魔力を重んじてきた。
その通説を覆す存在が、無能の私になるのだけど。
膝の上で拳を握りしめていると、ウーラさんはシワの刻まれた顔に笑みを浮かべた。
「魔力が小さいも大きいも、大した差はないがの」
「……え?」
「それよりも注視せねばならぬ、特殊な能力がある。その開花は生まれてすぐのこともあれば、死ぬ間際の場合もある」
「……特殊な能力? 魔法とは、違うのですか?」
私の問いに頷いたウーラは、持っていた杖で足元を叩いた。すると、風もないのに花々がさわさわと動き出す。まるで、何かを囁いているようだ。
「十年前、二つの星が落ちた夜に、二つの花が咲いた。一つは月夜の光を浴びて輝く白き花。一つは月夜でも
「二つの星と、花……」
夜に花を開く植物があると聞いたことはある。でも、闇色の花については聞いたことがないわ。その花というのは森の声が伝える吉凶を表すのかしら。もしそうなら、闇色だなんて不吉すぎるわ。
手を握りしめて話を聞いていると、目の前に一つのペンダントが差し出された。とても綺麗な水晶のペンダントだった。
「これは、十年前に死んだクレアの残したもの。ヴェルヘルミーナ嬢、そなたに託そう」
「……どうして、私に?」
「そなたが、クレアの力を継いだ者だからに他ならぬ」
「私が? な、何かの間違いです! だって、私は……」
火一つ灯すことが出来ないのだから。そう言葉にすることなんて出来なくて、手を握りしめていると、ウーラはヴィンセント様を手招いてペンダントを渡した。
握りしめた指にじっとりと汗をかく。
万が一、私がその能力を受け継いでいたとしても、魔力のない私に何ができるというの。無能だってバレてしまったら、きっとがっかりさせるに違いない。
ぎゅっと目を瞑って俯いた私は、無意識に唇を噛んでいた。
大切なペンダントを渡されても、どうすることも出来ない。
「あの夜に落ちたもう一つの星、そして闇の花は……幻惑の魔女で間違いない」
「……幻惑の、魔女?」
ウーラの伝える言葉に、聞き覚えがあった。だけどまさか、ここでその言葉を聞くなんて……
恐る恐る顔を上げると、握りしめていた手に、ヴィンセント様がそっと大きな手を重ねた。
仰ぎ見た顔はとても真剣で、まっすぐ向けられた視線から逃げることなど出来なかった。
「聞き覚えがあるだろう?」
「……はい。お父様が、追われていた大罪人です。ですが、幻惑の魔女は捕まり、断罪されたと──」
言いかけて、私はハッとした。
確か、その処刑は十年前の話だわ。私はまだ十にも満たなかったから、詳しい話を聞かせてもらえなかったけど、捕まった魔女が処刑された日の王都は大層なお祭り騒ぎだったのを覚えている。
「そう、レドモンド卿は魔女を捕まえた。しかし、その命の灯が費えた時、再びその力は花開いたのだ」
何の因果なのだろう。
大罪人となった魔女の能力が、再び、この世に現れたなんて。