ヴィンセント様の右手が空を撫でると、私たちの周辺に、文字が浮かび上がる。
光り輝く文字が帯となり、私たちの周囲を取り囲んだ。
あれは、古代魔法言語。それも、随分複雑な術式のようだわ。読むことは辛うじて出来そうだけど。
「飛ぶ瞬間、目を瞑っていた方が良い」
「は、はい……」
「そんなに、がっかりした顔をしないでくれ。魔法言語に興味があるのなら、そのうち教えよう」
言語を目で追って観察していた私は、どれだけがっかりした顔をしていたのだろうか。だって、教本でしか見たことのなかったものを、目の前で見られるなんて、感動じゃない。
ヴィンセント様は少し笑いを堪えていらっしゃった。
顔から火が出ていると勘違いするほど頬が熱くて、私は目を瞑るのにかこつけて顔全体を手で覆い隠した。
ヴィンセント様が静かに何かを唱えられた。きっと、この転移魔法の詠唱ね。そんなことを考えていると温かい風に包まれ、バラの香りが一層濃くなったように感じた。
その十数秒後、ヴィンセント様の「目を開けてごらん」という声に促され、顔から手を放してそっと目を開けると、そこには
「おいで、ヴェルヘルミーナ。アーリックまでは、ここから一刻ほどだ」
優しいバリトンボイスを振り返ると、いつの間にか馬に乗っているヴィンセント様が手を差し伸べられていた。
それから舗装されていない獣道も同然の森の中を、私はヴィンセント様に背中を預けて進んだ。ダリアも、手慣れた手綱さばきで後ろからついてくる。
一刻ほどで森が開け、その先に広がる光景を見た私は感嘆の声を上げた。
山のふもとに広がる森の中、これほど整った集落があるだなんて誰が思うだろうか。
私たちが暮らす町と遜色のない整った住居は、規模こそ小さいが、木材や石材で丁寧に建てられていると分かる。たくさんの花々に彩られ、足元もきちんと舗装がされている。辺境地の村よりも整備が行き届いていそうだわ。
私がきょろきょろと辺りを観察していると、ヴィンセント様が馬を停めた。
「お待ちしていました、坊ちゃま」
「……ウーラ、その呼び方はやめてくれないか?」
苦笑を浮かべながら馬を降り、私に手を差し伸べられたヴィンセント様は、出迎えてくれた老婆に「
「お待ちですよ。して……そちらのお嬢様が、ヴェルヘルミーナ様でございますかな?」
「ヴェルヘルミーナでございます。急な訪問にも関わらず、お出迎え、ありがとうございます」
「ほほほっ、気になさらず。坊ちゃまは、いつだって急ですからね」
「だから、ウーラ……その呼び方はいい加減やめてくれ」
「この老い先短い
「……ウーラなら、あと百年は生きるだろう」
どういった事情かは分からないけど、ヴィンセントはこの老婆ウーラさんに頭が上がらないみたいだわ。
「久しぶりですね、ヴィンセント」
「ご無沙汰しています。伯母上」
ヴィンセント様によく似た、美しい女性だった。
伯母上ということは、もしかしなくとも、ヴィンセント様の亡くなられたお母様の姉妹ということかしら。
執務室に飾られていた肖像画を思い出した私は、その面影を彼女に重ねた。
「いらっしゃい、ヴェルヘルミーナ。会いたかったわ」
ヴィンセント様は、いったい私のことをいつ知らせていたのだろうか。
まるで、結婚は当然のような歓迎ムードに拍子抜けをしつつ、私は完璧な