継母が行ってきた数々の仕打ちと浪費癖についてヴィンセント様たちにお話したら、ローゼマリア様は喜んで協力すると言って下さった。ヴィンセント様も、当然のように頷いてくださり、願ってもない協力者が出来たことに、私は思わず涙を流してしまった。
感極まった私に向かって、ローゼマリア様は、唐突な提案をされたわ。
「婚前旅行に行ってらっしゃい」
「……え、婚前、旅行?」
「婚礼は一か月後に行いましょう。その前に、アーリックへ報告に行ってらっしゃい」
「で、ですが……こうしている間にも、継母は財産を──」
「心配ありません。協力者が一人でも多いに越したことはないでしょ」
困惑する私をよそに、ローゼマリア様は、そうと決まったら旅支度をしなければなりませんねと言いながら立ち上がった。慌ただしくベッドを離れ、若いメイド達を呼び集め始めて、何やら指示を出し始める。
旅行だなんて、私はそんな気分になれないのに、どうしたらいいのかしら。
「アーリックはレドモンドの魔法繊維を気に入っている」
ベッドの端の腰を下ろしたヴィンセント様は、突然そう言ってきた。
アーリック族が、うちの魔法繊維を気に入っているなんて、初めて聞いたわ。
「そのレドモンドの令嬢と私が婚礼を上げると知れば、大歓迎するだろう」
「……つまり、それは……アーリックとの商談が出来る、ということですか?」
「あくまで、結婚の報告をしに行くだけだが、そこから商談になっても、誰も咎めはしないだろう」
つまり、協力者と言うのは新しい交易先を作ろうということなのかしら。
そもそも、ヴィンセント様のお母様の故郷だから、ご報告に行かなければならないというのも、仕方のないことなのかもしれない。
「分かりました」
「うん。ヴェルヘルミーナは、物分かりが良い子だ」
そう言ったヴィンセント様は朗らかな笑みを浮かべ、私の頭をそっと撫でた。
何だか、これって子どもを褒める大人みたいだわ。ヴィンセント様は、私を子ども扱いされているのかしら。もしかしたら彼の中の私は、小さかったあの頃のままなのかもしれない。
ふとそんなことを思うと、なんだか心の奥がもやもやとし始めた。
◆
翌朝のこと。
アーリックまでは何日かかるのだろうかと、不安に思いながら朝食を追えて旅支度をしていると、ヴィンセント様が迎えに来てくださった。
「滞在は一晩だ。荷物は最小限で良いだろう」
「何を言っているのですか、ヴィンセント。お
「こちらと違い、アーリックに夜会はありません。ドレスやアクセサリーは不要です」
「あちらでご挨拶をするのに、旅装束では失礼じゃありませんか!」
「この装いで十分でしょう」
ちらりと私を見たヴィンセント様は、ローゼマリア様が用意してくださったほとんどの荷物を、若い侍女達に片付けるように言い始めた。おそらく、夜通し揃えてくださったのだろうに、申し訳ないことをしてしまったわ。
「皆さん、申し訳ありません。私のために用意をしてくださったのに……」
「ご心配には及びません」
「若奥様、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「お帰りをお待ちしています」
片付けている侍女たちに声をかければ、彼女たちはにこにこ笑って答えてくれた。
ほっと安堵していると、ヴィンセント様は私の手を引いて部屋を後にした。後から、鞄に最低限の荷物を詰めたダリアが着いてくる。どうやら、ついてくる侍女は彼女だけのようだ。
連れられるままに来たのは中庭だった。
まさか、朝からお庭でお食事なんてことはないわよね。そもそも、朝食を頂いた後だから、お茶をといわれても一口も喉を通りそうになかったのだけど。
不思議に思っていると、庭の中央にあるモザイクタイルの上で、ヴィンセント様が足を止めた。
なぜか、そこには馬が二頭いる。
「あの、ヴィンセント様、どうして馬が」
「アーリック族の住む森の近くまで、一気に飛ぶ」
「え? と、飛ぶ、というのは……?」
言っている意味がさっぱり分からずにいると、当然、腰へと大きな手が回された。体を引き寄せられ、思わず硬直して言葉を失っていると、足元から光の柱が空に向かって打ち上げられた。
風が吹き上がり、スカートがバサバサと音を立てて翻った。