声が聞こえる。誰かしら。
何か、大切なことを言っている気がするわ……
「目を覚まして。あなたの──を思い出して」
霧がかかっているようで、風が
私は何を忘れているというの。何を思い出さなくてはならないのかしら。それは、ヴィンセント様のことなのか。それとも、もっと別の何か──
重たい目蓋をあげると、見慣れないベッドの天蓋が視界に写った。
だけど、すぐには状況が理解できず、豪勢なベッドの上に横たわったまま、ぼんやりと夢と現を漂っていた。
ベッドはとてもふかふかで、頭がたくさんのクッションに埋もれている。シーツも真っ白でさらさら。仄かに香るのはラベンダーの精油を薄めたものかしら。とても心地が良いわ。
こんなに気持ちのいい寝具で眠るのは何時ぶりかしら。お母様がお元気だったころ以来──再び目を閉ざしそうになった私は、ハッとして体を起こした。
「お目覚めですか、ヴェルヘルミーナ様」
「……ダリア。ここは、リリアードのお屋敷……?」
「はい。気を失われましたので、お借りしたお部屋にお連れしました。ご気分はいかがでしょうか」
水を注いだグラスを差し出したダリアは、少し心配そうに尋ねてくる。
「大丈夫よ。それよりも、気を失うなんて……ヴィンセント様に失礼なことをしてしまったわ」
「馬車の旅で疲れが出たのでしょう。では、お嬢様がお目覚めになったことを、伝えて参ります」
「私も一緒に行くわ。非礼をお詫びしなくては」
「いいえ、お嬢様はお休みください!」
「で、でも……」
ぴしゃりと言うダリアは、私の背とベッドの背もたれの間にクッションを挟むように立て、ベッドからは下りないようにと釘を刺した。
「ほら、もう元気だから」
「駄目です!」
「そんな……」
空になったグラスをダリアに渡しながら、どうしても駄目かと目で訴えるも、彼女は頑なに「お休みください」と言った。
そんな押し問答をしていると、部屋のドアが静かにノックされた。
さっさとドアに歩み寄ったダリアは、そっと開けると「ヴィンセント様」と僅かに驚いた声を上げた。
「そろそろ目を覚ます頃かと……あぁ、やはり起きていたか。入って良いかな?」
顔を出したヴィンセント様は、少し申し訳なさそうに微笑んで吐息をついた。
「申し訳ありません、このような姿で」
「いや、そのままでいい。今、少し話を──」
「ヴェルヘルミーナ! 気分はいかが?」
入り口で穏やかに話していたヴィンセント様の言葉を遮り、割って入ってきたのはローゼマリア様だった。今にも泣き出しそうな顔で、私の横になるベッドまで小走りで近づいてきた。
「ローゼマリア様──!?」
「長旅で疲れていたのに、休ませもせず振り回してしまって、ごめんなさい。熱はない? どこか痛いところがあったら遠慮なく言うのですよ」
ローゼマリア様は、少しシワの刻まれた指で、私の頬に触れ、額を撫でるとほっと安堵の息を吐いた。熱がないことを確認したかったのだろう。その柔らかな指が心地よくて、私は微笑みながら頷いた。
「
「何を言っているのですか。今は、ゆっくり休ませなければならないでしょう。そもそも、貴方に頼むと私は言いましたよ。大切な嫁の体調に気づけないなんて、情けない!」
「それは……」
矢継ぎ早に出てくるローゼマリア様の小言に、ヴィンセント様は困ったように口籠った。
大きな体をされていても、母の言葉には逆らえないようだ。その姿はちょっと滑稽というか、大人しい大型犬が尻尾をたれるような感じで可愛らしい。
何だか、ヴィンセント様が少しだけ不憫にも思えてきた。
彼と幼い頃に会っていた。それも幼いながらに好意を寄せていた相手だと知ったのは、確かにショッキングだったけど。私が倒れたこととは関係ないわ。彼に非はない。
「ローゼマリア様、私はもう大丈夫です。少し疲れが出ただけでしょうから……それよりも、ご相談があります」
「ヴェルヘルミーナ……レドモンド家のことですか?」
ベッド横の椅子に腰を下ろしたローゼマリア様は、私の手をそっと握りしめた。その顔は、私を案じているからか、まだ少し不安そうな表情を浮かべている。
ヴィンセント様には交換条件があると伝えてはいるが、きちんとお話をして、継母を追い出す手立てを一緒に考えてもらわなければ。
「どうか、お力をお貸しください」
ローゼマリア様の手に、片手を重ねた私は、継母がこれまで行ってきたことを全てお話した。