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第12話 赤紫色のヒースの花が風に揺れる姿は、ざわめく心のよう

 ロックハート侯爵の居城は、広大な領地の中で最も賑わいを見せるシェルオーブにある。レドモンド領からは馬車で十日もかかるし、そんなところに嫁いだら、そう簡単に家に戻ることは出来ないだろう。


 それを考慮すると、継母が嬉々として縁談を進めようとするのは、ペンロド公爵夫人のためというのは建前ね。レドモンド家の財産を管理していた私がいなくなれば、好き放題出来ると思ったんじゃないかしら。


 継母の持ち込んだ縁談騒動から一か月後、私は馬車に揺られていた。今日までの日々を思い返すと、疲れがどっと押し寄せてくる。


 あの日、私は早々にロックハート家へ確認の書状を出した。継母と交わした王都での会話は、単なる社交辞令ということもある。そうであってくれと思って待った返事には、一度お茶会をしましょうと書かれ、日時と場所が指定されていた。

 そのお茶会に、今、私は向かっているわけだが……


「ダリア……やっぱり、気が進まないわ」

「お屋敷のことでしたら、ご心配には及びません。私の両親が中心となって政務も取り仕切れるよう態勢を整えました」

「えぇ、ダリアのご両親のことは信じているの。でも、そうじゃなくて……」


 馬車の窓から見える荒涼とした丘は、どこまでも続いている。赤紫色のヒースの花が風に揺れる姿は、まるで、私のざわめく心を現しているようだ。


「どうして、私なのかしら?」

「何か、訳があるのかもしれません。ですが、こちらとしては渡りに船ですよ」

「そうかしら……いくら、我が家から第三王子妃を出したとはいえ、ペンロド公爵家の家門に変わりはないのよ」

「諸侯の中でも、ミルドレッド様の評判は上々です。ロックハート侯爵様だけでなく、フォスター公爵夫人との交流も持たれているとお聞きしました」


 さらに、ペンロド公爵家に連なる良家の婦人とも交流を持ち、まるで二つの公爵家の橋渡しのようになることで、対立する第一王子と第二王子の緩衝材ともなっている。さらに夫婦円満で、第三王子の溺愛ぶりがすごいと、もっぱらの噂なのは私も知っている。


 私の不安を拭おうとするように、ダリアはお姉様の頑張りようをつらつらと話すけど、だからこそ、お姉様の邪魔になりたくないのよね。


 魔術アカデミーでも常に上位の成績を修めていたお姉様。同時に家の政務も行っていたんだもの、王城でも王子妃として、しっかりと役目を果たせるだけの実力を持っているのよね。私には同じことなんて無理だろうけど……


「……私も役目を果たさないと」


 継母の、無能な子を作れという言葉が脳裏に浮かんだ。勿論、それは私の役目なんかじゃない。レドモンド家を守ることが第一よ。

 お姉様の働きに比べたら、なんてことないわ。そう、自分に言い聞かせても、緊張で胸が締め付けられる。


「ヴェルヘルミーナ様、の戯言などお忘れください」

「あの女って……」


 いくら馬車の中にいるのが、二人だけとはいえ、思い切ったことを言ったものだ。思わずダリアの顔をまじまじと見てしまった。

 涼やかな顔はいつもと変わらず、真剣そのものだ。


「商談に行く心づもりで、お願いします」

「そうね……」

「ヴェルヘルミーナ様の目的は、あの女を追い出すことだということを、お忘れなく」

「忘れてないわ。全ては、セドリックの為」


 そう、私たちはこの縁談を利用して、継母を追い出すことにした。

 ロックハート家がどういった意図で私を迎えようとしているか、その真意は分からない。でも、領地を担保にして繋がるには申し分ない家よ。


 若いセドリックの後ろ盾になってもらい、継母を追い出す協力をしてもらう。それが出来るのであれば、嫁いでからの私の立場なんてどうでも良いわ。


 ヒースの花が揺れる丘を抜けた先に、城壁に囲われた大きな町が見えてきた。

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