血相を変えて飛び込んできたダリアに促され、私は執務室を出た。
継母が王都に出向く時の滞在は、少なくとも五日間。今回も、往復の八日も合わせて十三日間は戻らないと、屋敷の誰もが思っていただろう。
「十日で戻ったということは、滞在はたった二日?」
「お茶会に参加しただけのようです」
「お継母様らしくないわ……」
継母が
ドレスを摘まみ上げ、急いでエントランスに向かうと、私をヘルマと呼ぶ声が聞こえてきた。
やはり機嫌が悪いのか。私を探しているにしては、いつものような金切り声ではないし、どたばたと走る品のない足音も聞こえてこない。
とはいえ、悠長に構えている場合ではない。いつ機嫌が悪くなって、周りに八つ当たりを始めるか分かったものじゃないわ。侍女たちに、もしものことが起きて変な噂を立てられでもしたら大変だ。
殴られるのは、私の役目だもの。急がなくては。
角を曲がった廊下の先で、エントランスから繋がる大階段を上がってくる継母と出くわした。
「お帰りなさいませ、お継母様」
「ヘルマ、私の出迎えもせず、何をしていたの?」
「申し訳ありません。各方面への書状を認めていました」
「ふんっ、相変わらず、金勘定ばかりね」
階段を上がりきった継母は、何かを探るように私を見下ろす。冷ややかな視線がまとわりつき、身体のいたるところに刺さっていく。まるで値踏みをしているようだった。
ぞわぞわとする嫌悪感の中、逃げ出したくなる足にぐっと力を込め、私は姿勢を正した。
「お前なんかのどこが良いのかね」
「……えっ?」
「まぁ、顔は悪くないし、小さいくせに良い胸と尻をしてるから、好色爺なら好みそうだけど」
「な、なんの、お話でしょうか……?」
嫌な予感に、思わず口角を引きつらせると、継母はにいっと笑った。
「ペンロド公爵夫人に相談したのよ。お前に、ロックハートの女侯爵が近づこうとしているって」
低い声にドキンッと心臓が跳ねた。
ロックハート家から届いた手紙を、継母に見せたことはない。お茶会にだって一度だって出向いたこともなければ、行きたいなどと伝えたこともない。
ダリアと、ロックハート家を
背筋が冷えていく。
私の目を覗き込むように継母は顔を近づけた。それから視線を逸らすことも出来ずに硬直していると、赤い唇がつり上がる。まるで、何でもお見通しだと言わんばかりの薄気味悪い笑みに、私の心拍がひときわ激しくなった。
動揺を気付かれてはダメよ。
この人は些細な変化すら喜んで、私をなじる理由にするのだから。
「……ロックハート家と、お手紙のやり取りは何度かありますが、それらは、お姉様の為に──」
「お前の魂胆はどうだって良いんだよ」
「魂胆などありません!」
継母は手にしていた扇子をパチンっと鳴らして閉じた。
心臓が跳ね、背中が強張った。
「夫人が、結婚を進めたらどうかと仰られたのよ」
「……結婚……なんのことですか、お継母様?」
「そんなにロックハートと仲良くしたいのなら、結婚すればいいわ」
「ど、どうしてそういうことに……そもそも、ロックハート侯爵様から、そういったお話をいただいたことは一度もございません!」
「その女侯爵に王都で会ったけど、お前の婚約を持ちかけたら乗り気だったわよ」
扇子の先端で肩をパシパシと叩かれ、私の背中を冷たい汗が伝い落ちた。