椅子の背もたれに体を預けると、ダリアが「失礼します」と言って私の頭に手を添えた。
ズキズキと脈打っていた頭に、ひやりとした空気がのしかかる。でもそれは不快な重さではなく、じわじわと熱を包み込んで和らげてくれる心地よいものだ。
「ダリア。いつも、ありがとう」
「私の氷の魔法が役立って光栄です。頬も、腫れておりますね。そちらも冷やしましょう」
ダリアの白い手が、頬に添えられた。
熱を持った頬が赤く腫れているだろうことは、鏡を見ないでも分かる。毎日のように、どこかしらを叩かれ、蔑まれるのには慣れている。とはいえ、痛みに慣れるわけではない。
この痛みや熱を、ダリアは幼い時から癒してくれた。彼女がいなかったら、もっと早くにくじけて部屋の隅で丸まっていただろう。
痛みが引いていくと、自然と安堵の息がこぼれ落ちる。
「ありがとう。屋敷の皆を驚かせてしまうところだったわ」
「……そういうことではないと思うのですが」
「なら、どういうこと?」
「ヴェルヘルミーナ様は、ご自身がご令嬢であるということを認識されるべきですね」
「それくらい分かっているわ。今、レドモンド家を支えられるのは私だけよ」
「そういうことでは……顔に傷がついたら、社交界に出るのが難しくなりますよ」
「社交界に出るのは、お継母様が許さないわ。私は、病弱で表に出せないってことになってるのだから」
継母は、私を嫁がせるどころか、表に出す気すらない。
嫁げといわれたとしても、セドリックが家に戻ってからでないと不安で仕方ないけどね。私がいなくなった途端に、継母が散財して家を潰しかねないもの。
「セドリックが家督を継ぐまでは、私が家を支えるわ」
「しかし……」
「嫁いで家を支えるのは、最終手段よ」
次女という立場を考えれば、少ない土地を持参金として嫁ぐのが良いに決まっている。それも、レドモンド家に資金提供が可能な侯爵家へ。それが不可能なら、レドモンド女子爵として
レドモンド家を繁栄させるため、亡き父が持っていた複数の爵位から、子爵位は私が継いだわけだし、そこを大いに利用することも考えている。
「でも、このままではご結婚の適齢期を過ぎてしまいます」
「それは……ペンロド公爵夫人も、適齢期を過ぎてのご成婚でしたけど、立派にお家を支えていらっしゃるでしょ」
「ここでもペンロド公爵夫人、ですか……」
心底嫌そうに、ダリアは顔をしかめる。
昔から、彼女は夫人にあまりいい感情を持っていないのよね。曰くありと云われ続けたペンロド公爵家を立て直した、ご立派な方なのに。
ペンロド公爵家は何代も子宝に恵まれず、公爵家の中では領土が少なく財力もないと云われてきた。
そこに嫁いだのが、二十三歳だったペンロド公爵夫人であるドロセア様だ。
口さがない者たちが、ペンロド家はまた若い娘を迎えられなかった。子に恵まれない呪いでもかけられているのだろうと、笑ったらしい。
だけど、夫人はそれから三十五歳を迎えるまでに、三男五女に恵まれた。
「凄いのは子宝の話だけじゃないわ。夫人の手腕で、ペンロド公爵家は有力貴族や他国と繋がりを持てた。今や第二王子の後ろ盾よ。結婚適齢期が十八歳なんてことはないわ」
「確かに、ペンロド公爵夫人は凄い方だと思います。でも、その急成長ぶりを妬む貴族も増え、危ういお立場になったのではありませんか」
「そうね……でも、家を守るにはそうするしかなかったんじゃないかしら?」
「お家のためとも考えられますが」
「私たちにとって、結婚ってそういうものでしょ」
有力貴族は諸侯、他国の姫君を迎えることで領地を広げ、財力武力を成す。そして、夫人は子を成してその手助けをする。それが
結婚していない私では、そこに幸せがあるかなんて分からない。
でも、セドリックの為に家を守れることが、今は何よりもの幸せよ。その為に政略結婚が必要というなら、きっとそこに幸せがあるんだと思うわ。