お姉様は私をミーナと呼んでくださる。セドリックもミーナ姉様と。亡きお母様もそうだった。
だから、初めて継母に「ヘルマ」と呼ばれた時、自分のことだとは思いもせず、返事をしなかった。そのことに対して、お父様は私を「お前と仲良くなろうと努力をするケリーアデルの気持ちが分からないのか!」と散々叱りつけた。
幼かった私は、お継母様が
でも、それは幼い頃の話。
今はその意味を知っているし、そこに愛情なんて欠片もないと分かっている。あの人にとって私はただの駒、使い勝手のいい
姿勢を正した私は、継母の登場に身構えた。
さぁ、今回はどんなワガママを突きつけるのかしら。もう、幼い私とは違うのよ。
涙一粒、見せるものですか。
勢い良く扉が開かれる。
姿を現した継母は、金糸の刺繍でごてごてと彩られた真っ赤なドレスの裾を、これ見よがしに翻した。
「ヘルマ! どういうこと!?」
厚化粧の継母は、足を鳴らして執務机の前に立った。
「どうされましたか?」
「どうもこうもないわ! ペンロド公爵夫人のお茶会に呼ばれていると言ったでしょ。なのに、新しいドレスが出来上がっていないのは、どういうこと!?」
継母は扇子をパチンと閉じると、その先端を私の頭に叩きつけた。
衝撃に奥歯を噛みしめ、机に突っ伏しなかった自分を心の中で褒めたたえ、私は姿勢を正した。
「毎回、同じドレスでは失礼だと思わないの?」
「我が家の財力では、お茶会の度にドレスを新調するのは無理です」
「宝石だって、もう何回も使いまわしているのよ!」
「では、不要な宝石をお売りになってください」
「何故、私の宝石を売らなくてはならないのですか!?」
「しがない地方領主では限界があります。聡明なペンロド公爵夫人でしたら、ご理解くださるでしょう」
「お黙りなさい! 知った口をきいて。生意気な!」
再び振り上げられた扇子の先端が、私の頬を強かに打ちつけた。
口の中に血の味が広がる。
「お前が無能だから、母親の私がこんな惨めな思いをするのです!」
「……申し訳ありません」
着飾って贅沢三昧をすることしか能のない継母に歯向かうことも出来ず、私は首を垂れて瞳を伏せた。
これ以上、顔を殴られたら屋敷の皆に心配をかけてしまう。
継母から見えないところで拳を握りしめ、歯を食いしばったその時だ。
「ケリーアデル様、先週、ヘイゼル伯爵夫人とのお茶会で身につけられたブローチは、まだ公爵夫人へお見せになっていないと思います」
「ブローチ?……そうね。あの
「それと、先日お求めになったステラ・シュタインのショールを合わされては、いかがでしょうか」
淡々と告げるダリアに、不愉快そうな顔をしていた継母だったが、ステラ・シュタインの名を聞いた途端にぱっと顔を輝かせた。
その名は、近年、王都で大人気の服職人のものだ。当然、地方にいてはリボン一つを手に入れるのも苦労するし、ショールともなれば貴夫人たちの羨望を一身に受けるようになる。
ふんっと鼻を鳴らした継母は、私に
「誰のおかげで、公爵夫人を初め多くの貴族と繋がりを持てているのか、よく考えなさい。お前は金勘定をするくらいしか出来ないのだから、この母に
それは、先祖代々が守ってきた領民の作る魔法繊維のおかげです。と言う訳にもいかず、静かに「お継母様のおかげです」と返せば、音を立てて扇子が広げられた。
「分かっているなら、新しいドレスの注文を急ぎなさい、ヘルマ!」
そう告げて、高笑いをしながら継母は執務室を出ていった。
どっと疲れを感じながら、叩かれた頭を抱えた。こんなことで泣いていたら身体がもたないとはいえ、痛みを感じないわけではない。
「ヴェルヘルミーナ様、お助けできず申し訳ありませんでした」
「いいのよ。あの程度なら慣れているわ」
私が何事もなかったような顔をすると、ダリアは少し傷ついたような表情を浮かべた。
「それより、ステラ・シュタインのことを思い出してくれて、ありがとう」
しばらくはステラ・シュタインのショールを自慢げにつけてお茶会へ出向くだろう。でも、それも一ヶ月もつかどうか。
根本的に、継母を大人しくさせる方法が見つかればいいんだけど。
巷の小説のように、悪女を断罪出来たら良いのに。ふと思ってみたものの、どうしたらいいかまでは考え付かなかった。