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3-53.連休明け

 とはいえ事件の混乱の最中で営業なんかしているはずがないのだから、つむぎの努力は完全に無駄なのだけど。


「やだー! ウサ子ちゃんとウサ太くんのぬいぐるみ買いたい!」

「かわいそうに。お前に買われたぬいぐるみは、毎日モフモフされるんだろうな」

「しないもん! 毎日じゃないもん! ラフィオがいるから!」

「いや、僕のこともモフるなって言いたいんだ」

「それに、わたしはウサ子ちゃんとウサ太くん、セットで買いたいの。あのふたり恋人同士だから」

「……そうだったのか?」

「うん! わたしたちみたいだから、わたしとラフィオでひとつずつ持っておきたいなって」

「なんかロマンチックなこと言ってる雰囲気だけど、別に僕はそんなこと望んじゃいないかなら」

「ラフィオー! わたしたち、ウサ子ちゃんたちみたいに、ずっと一緒にいようね!」

「ああああああ! やめろ離せ! ここでくすぐろうとするな!」


 楽しそうだなあ。


「ふたりとも、帰るぞ。売店はまた今度な」


 俺が遥を押しながらふたりに近づきつつ言えば、つむぎは残念そうな顔を見せた。


「うー。今度……わかりました」

「なんで僕の言うことは無視で、悠馬の言うことは聞くんだ」

「ねえラフィオ。今日の晩ごはんはなに? わたし、ステーキ食べたい!」

「だから話しを……ステーキか? 焼けるかな」

「いいよ。わたしできるから。手伝ってあげる。帰りに買い物しないとねー」

「あの。みんな。わたしを置いていかないで。保護者。わたしが保護者……」


 地面に座り込んで、まだ俺に背負われるのを諦めてない愛奈の声がする。若干腰を浮かせて自分で行こうか迷ってる、めちゃくちゃ情けない体勢だった。

 これがウサギさんランドを救った魔法少女なんて、誰も思わないだろうな。


「待ってー! 置いてかないで! わたしもステーキ食べたい! 買い物するならお酒も一緒に買って!」


 結局、自分で歩くことにしたらしい。

 俺の姉ちゃんは連休最終日まで元気だった。




 翌日、世間は平日に戻って、俺たちも学校に行く。


「やだー! 会社休みたい!」

「さすがに今日は駄目だろ。後輩との顔合わせの日なんだから」

「顔合わせなら、もうやったもん! プライベートで仲良しだもん! わざわざ会社で会いたくないです!」


 いつものように俺は愛奈を起こし、いつものように駄々をこねる彼女を見下ろしていた。


 連休の後は、大抵こうなるんだよな。休日の楽さに慣れきった体が、出社への拒絶をより強くする。

 ベッドの上でジタバタするものだから、パジャマがずれて下着が見えかけている。


「やだやだ! 会社行きたくないー!」

「行くまでフライパン叩き続けるぞ」

「みぎょー! それもやだー!」


 どんな悲鳴だよ。


 フライパンに勝てない愛奈が俺に逆らえるはずもなく、結局はスーツに着替えて朝食を食べにリビングへと来ることになった。

 当然、俺は愛奈の着替えを見る気はないから、部屋の外で待機だ。


 衣擦れの音が聞こえるのは仕方ない。むしろそれが聞こえなくなったら、愛奈がまたベッドに倒れたってことだから、容赦なくフライパンを叩かねばならない。


 待っている間、リビングでつけっぱなしのテレビの音声が聞こえてきた。


 ニュース番組は昨日の怪物騒ぎについて扱っていた。ウサギさんランドはアトラクションの安全を点検した上で、今日から営業を再開したらしい。


 さすがに、怪物が現れた中心部は立入禁止になってるそうだ。俺たちのせいで壊れたみたいなお化け屋敷とフリーフォールも、しばらくは使えない。

 フリーフォールは安全点検を念入りにやらなきゃいけないし、お化け屋敷は半壊したから建て直しの必要が出てきたそうだ。

 これを期にリニューアルをする。ランドの園長が会見で答えている声が聞こえた。


 怪物を倒してくれた魔法少女たちには感謝しているとも言っていた。被害範囲を可能な限り小さくしてくれたおかげで、翌日の営業再開ができたとのこと。

 それから彼は、施設のスタッフにも謝意を述べていた。皆のおかげで死者ゼロ人。避難時の混乱による転倒などを除けば、怪物の攻撃による負傷者も現状はゼロだという。


 あのトンファー仮面含めて、あの遊園地のスタッフは優秀だった。

 そして彼らの存在は、市民を勇気づけることだろう。怪物なにを恐れるものか、と。


 ちなみに彼から貰ったトンファーは、まだ俺が持っている。再び使うことはないだろうけど、ちよっとした友情の証として残しておこう。


 ウサギ大明神の木像は、元の場所に戻した上で修復がなされるという。

 こいつが死者を出してしまったら事情が違うのだろうけど、怪物に打ち勝ったシンボルとして残しておきたいという意向らしい。


 市民の反応も、この方針には賛成が圧倒的に多いようだった。



 ややあって、愛奈が着替えと化粧をして部屋から出る。

 短いタイトスカートのスーツ姿。ここだけ見れば立派な社会人なんだけどな。


 そんな愛奈は、自分のスマホが震えているのに気づいたようで。


「お? 麻美から電話だ。もしもーし。なになに? もしかして麻美も、出社拒否で休みたいとかの連絡?」

『いえ! 今日から仕事でもお世話になるので、挨拶しておこうかと!』

「うへー……。若い子のパワーが怖い」


 そんなに歳違わないだろ。



 電話の向こうの麻美に急かされるように愛奈を送ってから、俺とラフィオも家を出る。


「ラフィオおはよー」

「うわー!?」

「モフモフさせて! あと、今日も小学校まで連れて行っていい!?」

「駄目に決まってるだろ!」

「えー。でも、ももちゃんに魔法少女の事情を説明しないといけないから。ラフィオがいた方がいいかなって」

「ぐぬぬ。そういう理由なら断りづらい」

「いいぞ。連れていけ」

「やったー!」

「おい悠馬! 薄情者! 少しは僕を気遣え!」

「そんなこと言われてもな。綾瀬さんのためだからな」

「モフモフー!」

「ぎゃー!」


 今日も俺たちの朝は平和だった。

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