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3-52.遊園地から退避

 市民から愛された木像は、見るも無残な形になっていた。頭部はぱっくりと割れていて、胴体にも大きな亀裂が入っていた。俺たちはそんな傷をつけてないのに。


「まあ、直すでしょうね。この遊園地のシンボルだもの」

「そういうものか?」

「ええ。そういうもの。わたしたちは怪物なんかに負けないぞー! って意思を見せるためにね。それも宣伝になるし」


 ウサギさんランドの運営がそこまで考えるかは知らない。けど、そうなってほしいな。


「それより戻るぞ。みんなが心配してる。あの小学生たちや保護者が」

「そうだねー。悠馬、車椅子はどこ?」

「ちょっと待ってろ。樋口に訊くから」

「え。樋口さん来てたの?」

「来てた。わたしもウサギさんランド行きたいってさ」

「なるほどねー。可愛いところあるね、あの人も」

「あの。みんな。実はね。ももちゃんに、わたしが魔法少女だってバレちゃいました」


 不意にハンターがそんな告白をしたものだから、みんなそっちの方を向く。


「そうか。秘密をバラされることは」

「ない! 絶対ないです。秘密にするって言ってました」

「そうか。だったらいいかな」


 秘密を知ってる人が増えると、それだけ漏れる危険は大きくなる。けど、今更だよな。既に多くいるし、つむぎの周りにも事情を知ってる味方がいた方がいいに決まってる。


「もう絶対に喧嘩するなよ。喧嘩したら、勢いで秘密をバラされるかもしれないから」

「はい! わたしたち、仲良しなので!」

「だったらいい。早く戻るぞ」


 樋口から、車椅子は持っていくからここに来なさいってメッセージが送られてきた。

 こいつ、他の保護者に俺たちのことをごまかすために一旦は園の外に出たんだよな。他の避難客と同じように。

 その時点で園内は人が入らないように封鎖されて、俺たちはその中に閉じ込められてる状態のはずだけど、なんで樋口だけ出入りできるのか。


 公安だから、なんとかなるんだろうな。難しいことは考えないでおこう。


 樋口と合流して、遥は変身を解除して車椅子に乗る。そして全員で園内から脱出した。従業員用の秘密の出入り口があるらしい。そこから密かに出る。

 なぜか警察関係者や施設の職員がその周りにいないのかは、たぶん公安の権力が行使されたとかなんだろう。


「多勢の人がいる中で車椅子を押して逃げるのが大変だったから、あなたたちは落ち着くまで園内で隠れていた。そういう説明をしておいたから、話を合わせておいて」

「わかった。……なあ樋口」

「なによ」

「いきなりお前が、俺たちの知り合いですって顔で出てきて、不審に思われなかったか? 突然変な奴が来たって」

「そんなこと」


 樋口が、少し得意げな笑顔を見せた。


「わたしの力ならいくらでも誤魔化せるわ」


 公安ってすごいな。



「ももちゃん!」

「つむぎちゃん!」


 つむぎは、ウサギさんランドの敷地外で固まっていた同級生たちの姿を見るや、急いで駆け寄った。手を取り合い安心したように笑い合う。


「大丈夫だよ。つむぎちゃんたちのこと、みんなには言ってないから」

「うん! ありがとうももちゃん」

「それにね、わたしが少しだけ、お母さんたちみんなの所に行くのに遅れた時にね、長谷川くんがすごく心配してくれたみたいなの。わたしを見て、無事で良かったって言ってくれた」

「そっか! すごいよ!」


 どうやら綾瀬さんの恋は、そう悪くない方向に向かっているらしかった。


 俺たちも他の保護者たちに、心配をかけたことを謝った。みんな、無事で良かったとか気にしなくていいって言ってくれてなによりだ。

 魔法少女の件も、バレてないようで本当に良かった。


 さすがに今日は、各家庭がここから遊園地で遊ぶという気にはならなかったみたいで、解散となった。子供たちは、また明日ねと互いに声をかけながら別れていく。


「子供って元気ねー。怪物が暴れたことにも、あんまり怖がってるようには見えないし」

「もしかして、楽しいイベントだったくらいに考えてるかもしれませんよ。あの魔法少女が近くにいたとか、明日学校で友達に自慢できるネタが出来たとか」

「そういうものかしら。まあ、今回は怪我人が出たって話も聞かないし、子供が無邪気にそう考えてくれるのはいいんだけどねー。あー……」


 遥と話していた愛奈は、疲れたという風に地面に座り込んだ。おい、みっともないからやめろ。せめてベンチとかに座れ。


「明日から、また仕事ねー」

「少し行ったらまた土日になるだろ」

「だってー。それはそれ、これはこれです! お休みの日は何もせずに家で寝てたかった!」

「楽しくなかったか、今日は」

「楽しかったです! でも、それはそれ、これはこれなの!」


 なんなんだ。


「ほら、立て。休みたいなら早く家に帰るぞ。明日に備えて今日は早く寝ろ」

「やだー。寝たら明日が来ちゃう! せめてお酒飲ませて!」

「お前、さっきは寝てたいって言ってただろ」

「日中はゴロゴロして、夜はお酒飲む。これがわたしの休日です! あー。戦って疲れちゃったなー。悠馬、家までおんぶして!」

「断る。自分で歩け」


 家までどれだけあると思ってるんだ。というか、電車乗り継がなきゃいけないし。


「うえー」

「お姉さん置いて行きますよー。悠馬、車椅子押してっ!」

「それも自分で……いや、やるけど」

「やったー」

「ちょっと! なんでわたしは背負ってくれないのに、なんで遥ちゃんは押してあげるわけ!?」

「労力の差だな」

「うえー。そんなの、つむぎちゃんかラフィオに代わってあげれば……あれ? あのふたりは?」

「ねえラフィオ! お土産買うの忘れてた!」

「そうだな。さすがに今日はお店やってないから、諦めろ」


 俺たちから少し離れたところで、ふたりは引っ張り合いをしていた。園の外にもお土産を買い忘れた客のための売店があって、そこに入るか入らないかのせめぎ合いらしい。

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