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3-51.セイバー誘導

 目にはまだ矢が刺さっている。つまり視界を奪われている状態。目が見えないのに、奴は恐怖を探さないといけない。

 そうなれば何を頼りにするのだろう。奴らには恐怖を知覚する能力はないはず。となれば、頼りになるのは聴覚か。ウサギだし耳は良さそうだ。


 それがセイバーの叫びを聞いてこっちに向かってきている。何度もジャンプを繰り返して。

 使えるかも。あいつの動きを止めなきゃいけないんだよな。それには。


「姉ちゃん。俺は生きてる。けど、この屋敷の怨霊たちは姉ちゃんに怒ってるぞ。大事な住処を壊したんだからな。一生恨んでやるって言ってる」

「ひいぃっ!? 許してー!」


 俺の脅かしに、セイバーはあっけなく乗ってしまった。


 作られた恐怖でしかないお化け屋敷の幽霊に恨みなんかないだろうし、そもそも幽霊の一生って既に終わってるだろっていう疑問は、セイバーには無意味だったらしい。


「恨み晴らさでおくべきか!」

「やめて来ないで! いやー!」


 俺が転がっている生首の人形を持ってセイバーに近づくと、彼女は転げるように逃げ出した。


「あ、こっちじゃなくて、そっちに」


 セイバーが逃げようとする方向に先回りして微妙に軌道修正。それを二回ほどやれば、俺の望む方向に叫びながら走っていった。

 お化け屋敷の近くにあるフリーフォール。太くて高い支柱と、それを上下する座席で構成されたアトラクション。


 そこに、セイバーの声を頼りにフィアイーターも駆けてくる。


「姉ちゃんそこで止まって! 幽霊が許してくれるって!」

「え!?」


 生首を放り出した俺はセイバーに声をかけた。突然の都合のいい展開にセイバーは食いついて、ちょうどフリーフォールの根本で足を止めた。

 一方のフィアイーターは、それが効かない。フリーフォールの支柱に勢いよく直撃した。


 支柱は鉄製で、木製よりも頑丈。しかも太い。

 ウサギ大明神といえども、鉄の棒に自ら突っ込めば無事ではない。大昔の中国には、切り株にぶつかって死んだウサギがいるって話だし。

 あれ、そういう出来事を期待しちゃいけないって故事だったかな。まあいいや。実際にうまくいった。


「セイバー! 今がチャンスだ敵を殺すぞ!」

「もう、お化け怒ってない?」

「怒ってない! お化け屋敷が壊れたのはこいつが原因だから、倒してくれたら許すって!」

「わかった! やるから! 頑張るわ!」


 お化け屋敷を本気にするのも、ここまで行けば才能すら感じるな。

 俺とセイバーはウサギの前に回って状況を確認。真正面で頭から当たったから、顔面が割れて中の闇が見える状態だった。

 下からではコアの存在は確認できない。


「フィアァァ……」


 さっきよりも明らかに力のない声で、フィアイーターは後ろに下がろうとした。このままではいずれ回復して、せっかく作った裂け目も塞がれてしまう。


「逃さないからね!」


 少し離れたところから声が聞こえた。ライナーが全力で走りながら、ウサギの尻に飛び蹴りを食らわせた。圧倒的な体重差を速度でカバーして、ウサギの体を支柱に押し込める。


「セイバー! 俺たちも押しながらこいつの体を傷つけよう!」


 そうすれば、ウサギの頭部の回復も少しは遅らせられる。再び動くまでの時間を稼げる。


 ライナーが自慢の脚力に任せて、ウサギの足や尻を何度も蹴る。俺もウサギが後退しないように全体重をかけながら押しつつ、ナイフを体に突き立てた。

 硬い木材とはいえ、普通の木ではある。ナイフで傷をつけるのも可能だった。このナイフは本来は工具であり、木材の加工は武器にするよりは合ってる使い方なんだよな。


「ねえ! やっぱり大きさ違いすぎて、わたしたち三人でも止めるのは無理があるんじゃないかな!?」


 セイバーも同じようにウサギに寄りかかりながら、剣で斬りつけている。

 もちろん、そんなことはわかってる。たんなる時間稼ぎでしかない。俺たちはウサギの足に押されて、ジリジリと後退していた。

 けど大丈夫だ。


「おい! 僕たちはどうすればいい!?」


 ラフィオと、その上に乗ったハンターがやってきた。ライナーの脚力には勝てなかったから、この時間差になったわけだ。


「ウサギの上に登って前に回って、コアを探して射抜け!」

「わかった! ラフィオ行くよ!」

「ウサギ登山か! いいよやってやる!」


 ラフィオも少しヤケになったような言い方で、ウサギの背中に飛び乗った。そのまま頭部まで駆けていこうとして。


「フィアアアァァ!」

「うわっ!?」


 フィアイーターが大きく身じろぎしたため、上のラフィオは大きくバランスを崩して転倒、そのまま落下していく。

 けど、上のハンターは素早くラフィオから降りて登山を続けた。


「もー! ウサギさんたちを危ない目に遭わせたこと、許さないからね!」

「そいつもウサギだけどな」


 ラフィオは空中で体を捻って見事に着地。そしてハンターも、ウサギ大明神の頭の上に立ったと思ったら、真っ逆さまに落ちていった。

 頭から地面に落ちながら、フィアイーターの顔面と一瞬だけ対峙。その一瞬の間にコアを見つけて、狙いを定めて矢を射る。


 さっきラフィオがやったように、空中で体を捻って見事に着地した。なんというか、似てるんだよなふたりは。

 ラフィオにそのことを言えば全力で否定して来るだろうけど。


 俺が触れているフィアイーターの体が黒い粒子に包まれて、元のウサギ大明神に戻っていった。

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