セイバーの剣もウサギの体に深々と刺さっているわけではなかった。先端が引っかかっているという程度。
丈夫な木材なんだろう。何十年と市民に愛されるウサギを目指してるんだろうな。
下を見れば、ハンターは正確にウサギの膝を射抜いているけれど、やはり木材のせいで深々と刺さってはいない。眼球だけ柔らかかったってことか。ウサギのジャンプ力はほとんど削がれていないようだった。
ライナーの方は少しは成果をあげていて、力任せの蹴りでウサギの脇腹のあたりを少しずつ削り取っていった。もちろん、時間が経てば削れた木材も元に戻る。けどダメージを与え続けているのも事実。
こいつの木材の部分の厚みはどれくらいだ? どれだけの深さを切り裂けば、闇を濃縮したような内部空間が見える?
「悠馬! とにかく姿勢を安定させましょう! あなたはウサギの背中の頂上まで登って! そこでなにかを掴んで、ナイフでコアを探して!」
「わ、わかった!」
登るか。いいぞ、ウサギ登山やってやる。
セイバーに抱きつくような形になっているのを、なんとかウサギの表面に掴む箇所がないかと探しながら体を動かしていき。
「ひゃんっ!? ちょっ! 悠馬! あんまりもぞもぞ動かないんんっ!」
「他にどうしろっていうんだよ!」
背中で俺が動いたことで、セイバーはやけにエロい声を出し始めた。いや、やめてくれ。姉のそんな声は聞きたくない。
ところで背中で動き回られると気になるのは、セイバーだけじゃないらしい。
「フィアアアアアアアアアア!!」
「うおっと!?」
フィアイーターが咆哮と共に跳躍。ふと横を見ると、蹴ろうとしていたライナーが空振りして転けかけていた。
いや、俺たちはそれよりもずっと深刻な状態になっている。
「悠馬掴まって!」
自分から離れて自力で安定した大勢になれと言っていたセイバーは、即座に指示を撤回。俺もそうするべきだと、彼女に強く抱きついた。
ジャンプの頂点に着くまでは、俺はセイバーの背中に押さえつけられるような感覚に襲われていた。ウサギが落下を始めると、それは浮遊感に変わった。
ウサギがこんなことをするのは、背中にいる俺たちを振り落とすため。
着地の衝撃に加えて駄目押しとばかりに、ウサギは体を大きく震わせた。濡れた犬が飛沫を飛ばすみたいに。
「キャー!?」
剣の先端だけでなんとかしがみついていたセイバーは、耐えることができずにウサギの背中から放り出された。もちろん、俺も一緒に。
「姉ちゃん!」
「悠馬! 絶対に離さないで!」
そう言いながら、セイバーもまた俺の体を片手で強く抱きしめる。もう片方の手は剣を強く握りしめていた。
ひとつになったまま俺たちは宙を舞い、やがて地面が近づいてくる。いや正確には地面ではなく、その上に建っている施設に急接近していった。
さっきも行った施設。お化け屋敷だった。
セイバーはそれに気づいておらず、ただ俺を抱きしめて落下の衝撃から守ってくれた。
轟音と強い衝撃。お化け屋敷の端の方に背中から直撃したセイバーは、その一部を破壊しながら本人は大した怪我をしていないようだった。少なくとも、そう見える。
「姉ちゃん! 姉ちゃん怪我はないか!?」
もちろん、外見だけで無事と判断するのは早計。セイバーに呼びかけながら肩を持って揺する。
セイバーはといえば、力なく横たわっている。手足は投げ出されていて首は横を向いていた。その目がゆっくりと開いていく。
そして横に向けている顔の近くに、何かが転がってきた。お化け屋敷の人形だ。青白い顔で額から血を流していて、髪がほつれている恐ろしい顔つきの生首の人形。
「悠馬……悠馬!? やだ! 死なないで!」
「おい」
セイバーはその人形の生首を掴んで俺に語りかけ始めた。いや、どんな勘違いしてるんだ。もちろん、俺の声は聞こえていて、すぐにこっちを向いて。
「ぎゃー!? 早速化けて出てきた!」
「おいこら」
誰が幽霊だ。
「ごめんなさいごめんなさい! 助けられなくてごめんなさい! 唯一の家族なのに悠馬さえ守れないなんて!」
「落ち着け! 俺は死んでない!」
「でも化けて出ないでー! 謝るからー! 朝はちゃんと起きるし仕事もサボらないからー!」
「それは俺が死ぬ前からやれ!」
「やっぱり死んだって言ったー!」
「俺の声聞こえてるんなら落ち着けよ!」
お化け屋敷の雰囲気もあるのかな。半壊して白日の元に晒されたお化け屋敷なんて怖さは微塵も感じないけど、セイバーには別だったらしい。
腰を抜かしたような体制で座って俺を見上げ、恐れおののくように後ずさりしている。スカートめくれて目のやり場に困るし。
あと、セイバーの後ずさる方向はお化け屋敷の内部だった。彼女の背中に何かが当たる。
和室なんかにある障子だった。ボロボロで古めかしい感じになっているそれには、いくつもの穴が空いていた。
その穴から、目が一斉に映し出されてセイバーに向く。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁー!」
「フィアアアアアアア!!」
「お?」
セイバーに負けないくらいの叫び声が聞こえた。
見ると、フィアイーターがこちらに向けて駆けているところだった。