俺の頭上にフィアイーターがいて、日光を遮ったから。もちろんこいつに、空を飛ぶなんて芸当はできない。
ウサギだから跳躍はできるってだけ。今までは普通の獣と同じようにのそのそ歩いてたけれど、ついに本気を出したらしい。
「やべえ……」
俺は慌てて駆け出した。黒タイツの一体が前にいて邪魔だったから、勢い任せで突き飛ばした。間抜けにも俺はそいつの体に躓いて、最後は転がるようにして前に進んで。
至近距離でドシンと大きな音がした。振動すら感じた。
俺を転ばせた黒タイツが、断末魔の声をあげるのが聞こえた。
俺のすぐ後ろに巨大なウサギの木像が降ってきた。ギリギリだったな。
「フィアアアアアアアアアア! フィアアアアアアアアアア!」
「うるせえ!」
いつも以上に悲痛な叫びをあげているフィアイーター。その理由は。
「目を潰されたからか?」
首をブンブンと振っているフィアイーターの顔をよく見ることはできない。頭の位置を見上げるような形だし。
けど目に矢が刺さってるのが見えた。たぶん、顔の反対側も同じようになっているのだろう。
フィアイーターの視力を奪うという俺の指示はつつがなく成功して、そして。
「うわっ!?」
フィアイーターは再度跳躍。しかし行き先がある様子ではなかった。見えていないから、単に暴れまわってるだけにすぎない。
単にと言うけど、俺の近くでだ。跳躍を可能にしている太い足が俺に迫ってきた。
「悠馬!」
直後、体がふわりと浮く感覚。セイバーが一瞬で駆け寄ってきて、俺を抱え上げてフィアイーターから距離をとった。
「無事!? 怪我はない?」
「大丈夫だ! ……ありがとう」
「うん良かった! って! また来る!」
セイバーがフィアイーターを見ながら走った。視力を奪われたウサギは闇雲に動き回っているらしい。
奴の行動原理は恐怖を集めること。そして目が見えなければ、どこに人間がいてどう怖がらせればいいかわからなくなる。
だから奴は動き回っていた。その方向に人間がいるかもと期待しながら。
奴はまた跳躍した。舗装された地面が割れる。ソフトクリームを売っている小さな売店が木像に踏み潰される。
「ごめん。俺のせいだ」
「え?」
「俺が目を狙えなんか言わなかったら、こいつもヤケになって暴れまわることになった」
「いいじゃない別に。見えてる状態で暴れまわっても、被害は一緒でしょ。てか見えてたら、人がいる方向にまっすぐ向かっていくから、目を潰すのは正解だったと思うな」
「そうか?」
理性を失ったように叫びながら、めちゃくちゃに動き回るフィアイーターは恐怖を感じさせてくる。
セイバーの言ってることも間違いではないんだろうけど。
「それに! 黒タイツがだいぶ巻き添えを食ってるし!」
「それはそうだな。かわいそうに」
同じコアから作られてるはずの黒タイツは、フィアイーターの巨体に踏み潰されたり蹴られたりして、ほぼ全滅していた。
「同士討ちなんて、みっともないわよねー。連携取ってるわたしたちとは大違い」
「ああ」
俺はひとりじゃない。持っているトンファーを強く握り直した。
「ところで悠馬、なんでそんな武器持ってるの?」
「トンファー仮面から貰った。本物のな」
「本物のトンファー仮面ってなに!?」
「ハンター! ラフィオと協力してウサギの足を狙え! 関節を集中して攻撃すれば、いつかは動きが鈍る! ライナーは側面から攻撃。横倒しにできないか試してくれ」
「ねえ悠馬。本物のトンファー仮面って。ううんそれより、わたしは?」
「セイバーはウサギを斬ってコアを探すんだ」
元の大きさが普段とは違う。胴体の中心なんかにコアがあれば、砕くのは容易じゃない。だとしても、見つからないままではどうしようもない。
コアを見つけるには、刃物でフィアイーターを切り裂く必要がある。それができるのはセイバーだけ。
いや、俺も刃物を持っている。今回は黒タイツ数体を倒すのにトンファーを主に使ったから、壊れやすいナイフはまだ十分に使えた。
「フィアイーターの上に乗って、体を切り裂いてコアを探す。俺も手伝う」
「わかった。振り落とされないよう気をつけてね」
それは、暴れまわるフィアイーターの上からという意味だろうか。それとも。
さっき助けてくれた時からずっと、セイバーは俺を抱えたままだった。しかもまたお姫様抱っこ。
そのまま、セイバーは助走をつけながらウサギに向って跳躍。高さ十三メートルとはいえ、それは頭のてっぺんまでの高さであり、胴体部はもう少し低い箇所にある。
助走つきでジャンプすれば、それくらいの高さは出せる。俺を抱えていたとしてもだ。
そこまではいいんだけど。
「わー! 掴まるところがない!」
普通のウサギなら、体毛が存在して握ることができる。モフモフというのは偉大だ。
けどこれは木像だ。しかも長年雨風に打たれることを想定して、表面処理もしっかりしてる。
乾燥して木材が割れた箇所はしっかり補修しているし、定期的に清掃とメンテナンスが行われている。大明神と敬われる存在へ十分すぎる扱いをした結果、表面はとてもなめらかだった。
悪戯好きの悪ガキが登っても、ささくれで怪我をすることがない程度には完璧ななめらかさ。
そのせいで、俺たちは落下しかけていた。
「悠馬! わたしにつかまって!」
「わかった!」
セイバーは剣をフィアイーターの背中に突き立てて、なんとか落下を阻止。俺はそんなセイバーの胴に抱きつく形になった。
俺の脆いナイフでは、俺の体重を支えることなんかできないからな。