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3-48.本物のヒーロー

「あー。失礼しました。逃げるにも、それ脱がないとですよね」


 さっきまでショーに出ていたトンファー仮面も、中身はスーツアクターと呼ばれている普通の人。


 この人も避難しないといけない被害者のひとりだ。そして、こんな動きにくくて視界も悪い格好で避難はできない。だから脱がないと。


 けど、ひとつおかしなことがある。怪物が出てきて観客たちが逃げ出してから、それなりに時間が経っていた。

 この人がすぐに逃げ出したなら、とっくにスーツを脱いでいなくなっているはず。

 なのに彼はいまここにいる。ついさっき、ステージから姿を消したかのように。


 観客たちの悲鳴や係員の誘導の声は、いつの間にか小さくなっていた。


「あんた、避難誘導がある程度進むまで、ステージに立っていたのか? 子供たちを勇気づけるように」


 トンファー仮面はなにも言わず、ただ握った両手を腰に当てて力強いポーズを見せながら頷いた。


 怪物を前にトンファー仮面が真っ先に逃げれば、子供たちは不安がる。避難の遅れにも繋がる。だから彼はステージ上に留まり、子供たちを勇気づけて避難の手助けをした。

 着ぐるみを着ただけの、ただの人間が。


「あんた、ヒーローだな。本物の」


 トンファー仮面は、また頷いた。


「あとは俺たちに任せてくれ。……そうだ、あんたの武器貸してくれ。俺の武器、実は物持ちが悪くてあんまり長く使えないんだ。武器は多い方がいい」


 トンファー仮面はまた無言で頷き、俺に二本のトンファーを手渡した。


「ありがとう、トンファー仮面」


 無言で拳を突き出したトンファー仮面に、俺も拳で小突き返す。



 俺はただの人間に助けられた。知り合いでもない。覆面を被った俺の顔を知ってるわけじゃない。

 俺が魔法少女の仲間だから、協力してくれた。


 避難誘導した係員もそうなんだろう。魔法少女の助けとなるために、逃げ出したい気持ちを押さえて、怪物が迫る中を客の誘導に走った。

 俺も魔法少女も、いろんな人の助けを得て戦っている。もちろん樋口や麻美みたいな、事情を全て理解して協力してくれてる人たちも含めて。大勢に支えられている。



「悠馬! 遅い! あとこいつらなんとかして!」


 フィアイーターの方まで駆けていくと、セイバーの悲鳴に似た声が聞こえた。


 今日の黒タイツはいつもより数が多いな。なんでかは知らないけど。キエラが気合いを入れたのかな。こいつらがコアの欠片から作られるなら、偶然そうなっただけかも。

 セイバーは黒タイツの一体を剣で斬り裂いて殺しているところだった。けれどその背後から別の黒タイツが迫っているところだった。


 俺はそいつに向かって飛び蹴りを食らわせてから、トンファーで頭を殴った。


「こいつらは俺が引き受けるから、姉ちゃんはウサギの方をなんとかしてくれ!」

「うん! マジで敵多いから気をつけてね!」

「わかってる!」


 魔法少女で苦労する数の黒タイツなら、俺が相手するのはさらに大変なんだけどな。


 それでも、人が多い方向へ向かおうとするフィアイーターの方を魔法少女たちに任せないといけない。


「邪魔! あんたたちは悠馬の方に行きなさい!」


 セイバーが道を塞ごうとする黒タイツの一体を斬り捨てた。

 フィアイーターはといえば、巨体をのっそりと動かして前進している。相変わらずステージの方に向かっていた。ステージ周りにはすでに人はいないけど、その方向から園外に出るつもりか。


「おい! 止まれ! 止まれって言ってるだろ!」

「むー。こんな奴、モフモフだったらすぐに倒してモフってやるのに!」


 ラフィオとその上のハンターがフィアイーターの前に立ちふさがってるけど、止まる気配がない。フィアイーターの前進に合わせてゆっくり後退している始末。

 ハンターが弓で攻撃しているのはフィアイーターではなく、自分たちの周りにいる黒タイツ。放っておくとラフィオを襲ってくるから。

 ライナーはといえば、フィアイーターの前足の側面あたりにいて、ひたすら蹴っていた。どれだけ敵に痛みを与えられてるかは知らないけど、フィアイーターは時折面倒くさそうに前足を振って追い払おうとする。


「ライナー! ラフィオの周りに行って、黒タイツたちを片付けろ! ハンターがフィアイーターの攻撃をするんだ! 目を狙え! ラフィオも動き回って、相手を側面から攻撃しろ!」


 俺は黒タイツのパンチを避けながら指示した。


 本来ならラフィオを守る役は俺がやるべきなんだけどな。こいつら倒したらすぐに行く。

 ラフィオが前を塞いでも大した効果がないのなら、横から攻撃した方がいい。目を狙うように言ったのは、確実にダメージを与えられそうだから。


 俺も早く加勢しないと。黒タイツの一体をトンファーで殴る。そいつはすぐに殴り返してきたけど、それはトンファーの長い方を腕に沿わせる形で回転させて受け止めた。

 長い棒が腕全体に力を分散させたから、痛みを感じなかった。


 そのまま硬い腕を黒タイツの顔面に叩きつけ昏倒させてから、持っていたトンファーを上に放り投げる。そしてポケットの中のナイフを素早く取り出して黒タイツの首を切り裂いた。

 落ちてきたトンファーをキャッチして、長い方を握って鎌のような持ち方をしながら、別の黒タイツの首筋に本来の持ち手を引っ掛けた。そして手を引くと奴は転倒。地面に倒れ込む前に、俺は膝を突き上げて奴の顔面に食らわせてやった。


「フィー!」

「おっと」


 真後ろから新しい黒タイツが襲ってきた。俺は即座に振り返りながら、足を上げて。


「トンファーキック!」


 回し蹴りを食らわせた。そんなに足は上がらなかったけど、黒タイツの脇腹に直撃。体勢の崩れたそいつの皮膚を掴んで引きずり倒してから、後頭部をトンファーで強打した。


「次は誰だ!」

「悠馬逃げて!」

「え?」


 セイバーの声が聞こえた。直後、行楽日和の明るい空が暗くなった。

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