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3-47.遊園地の中で車椅子を隠す

 ヒーローショーでトンファー仮面が怪物たちに勝利した後は、応援してくれた子供たちと一緒にダンスを踊ったりクイズをやったりする時間になった。

 こういう子供との交流の時間も、ショーには定番なんだろう。


 ダンスもクイズも対象年齢に合わせて簡単なものになっていて、俺たちが参加して子供たちの邪魔をするわけにもいかず、ただ見ているだけとなった。

 平和な光景だった。子供たちが元気っていうのは、いいことだな。


 なのに、その光景は一瞬にして崩壊することとなった。


 観客席に大勢座っている大人たちのスマホが一斉に警報を鳴らし、ほぼ同時に背後から怪物の咆哮が聞こえれば、そうなるのも当然。

 けど背後からか。嫌な予感がして振り返れば、ウサギ大明神が顔つきを変えて天に向かって吠えているところだった。


 マジかよ。これまでのフィアイーターと比べても大きいぞ。高さは元の木像から変わってないとはいえ、それでも十三メートルだ。

 ほとんど怪獣みたいなものじゃないか。


 当然、周囲は大混乱になった。ウサギ大明神はステージを見守る位置に建っていた。つまり至近距離だ。そしてここには大勢の人間がいて、大半は家族連れ。

 怪物の反対側に逃げようにも、そこにはステージとその奥の控室とを仕切る壁が立ちはだかっていた。


 親御さんたちは自分の子供を連れて我先にと逃げ出していく。トンファー仮面助けてという子供の声が聞こえた。

 そこにフィアイーターがゆっくりと歩み寄っていっく。そっちに恐怖が集まっていると、奴は知っているから。


「ほんと、ここんところ毎日よね。少し時間が開いたと思ったらこれだもの」

「変身しますよお姉さん。悠馬は車椅子をどこかに持っていって」

「わかった。後で追いかける」


 避難民たちは逃げるのに必死で、こちらに向く視線はない。俺たちが最後列の端に座ってたのも幸いしたな。


「ライトアップ! シャイニーセイバー!」

「ダッシュ! シャイニーライナー!」


 ふたりの体が光に包まれていく。変身はすぐに完了した。


「闇を切り裂く鋭き刃! 魔法少女シャイニーセイバー!」

「闇を蹴散らす疾き弾丸! 魔法少女シャイニーライナー!」


 ふたりの名乗りを横目に、俺は車椅子を持ってその場から離れる。避難民のうち何人かは、魔法少女が来てくれたぞと歓喜の声をあげた。

 そんな人々の注目から外れた所まで俺は急いで退避した。魔法少女の前では、高校生が無人の車椅子を押してる程度ではなんの注目も集めない。


「皆さん! ここはわたしたちに任せて逃げてくだい! ほら! 散れ! 危ないから!」


 セイバーの雑な呼びかけを受け、係員たちが危険だからお客様たちは避難してくれと誘導を始めた。園の外に退避するようにと。 


 それを横目に、俺はどこに車椅子を隠すべきかと悩む。


 屋外に放置というわけにはいかない。けど屋内も、この遊園地の誰かの管理地なわけで。そこに無人の車椅子が置いてあったらすぐに誰かに見つかり、回収されてしまう。

 回収させて、避難時に無くしましたで取りに行くのもありだけどな。片足のない女の子が車椅子なしでどう避難したか勘ぐられて、魔法少女の正体に繋がるのもまずい。


 どうしたものかと歩いていると、ステージの裏手に来てしまった。


 観客席とステージの向こう側。壁に仕切られ関係者以外は立入禁止とある場所に、隠すことはできないかと入ってみる。

 そこは控室や、着ぐるみを置いておく場所になっていた。


 子供向けのキャラクターの着ぐるみが何着か置いてある。よし、ここに置かせてもらおう。着ぐるみの裏に隠せば誰も見つけられないだろう。まさか、今日は何かのショーを再開させることはないだろうし、着ぐるみを取りに来た役者に見られることもない。

 そう考えて、大きめの着ぐるみを手でどけて。


「見つかりはしないけど、後で回収が困難よ」

「うわっ!?」


 背後から声をかけられた。知ってる声とはいえ、いきなり話しかけられると驚く。

 というか。


「なんでこんな所にいるんだよ、樋口」


 昨日、愛奈と仲良く酔っ払っていた公安がいた。


「悪い? あなたたちの監視が、わたしの本来の仕事。必要なら、遊園地でも入り込んで見守るわ」

「本当に? 監視してたのか?」

「ええ。ウサギさんがテーマの遊園地に行くなんて羨ましいけど、さすがに部外者すぎるわたしも同行したいって言ったら他の小学生の父兄に怪しまれるし、記念撮影なんかされて顔を記録に残されたら公安としてまずすぎる。だから仕方なく女ひとりで遊園地とか、そんなことはないから」

「あー」


 行きたかったのか、ウサギさんランド。

 めちゃくちゃ説明的な独り言は、つまり俺に構ってほしいから言ったんだろうな。


「一緒に行きたいって言えば、言い訳はいくらでも考えたのに」

「うるさいわね。わたしはプロよ。それより、そこに隠すのはやめなさい。見つからないかもしれないけど、スタッフが戻ってきたら一般人立入禁止。あなたも回収に戻れない。ほら、貸しなさい。わたしが預かるから」


 そういうことなら、ありがたくお願いしよう。樋口の言ってることも正しいし。


「頼む。あと、俺たちと一緒にいた小学生やその保護者のグループに、俺たちは無事だとそれとなく伝えてくれ」

「ええ。やってあげる。スマホを貸して。そこから保護者の誰かにメッセージを送るわ」


 やってくれるのが便利だよな。


 車椅子から隠しているナイフだけ回収して、樋口に渡す。彼女がどこかへ向かうのを見送ってから、俺は覆面を被る。


 さあ、早く姉ちゃんたちと合流しないと。着ぐるみの部屋から出ようとした瞬間、後ろで足音がした。


 振り返ると、トンファー仮面がいた。今まさに、この部屋に入ってきたところだった。

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