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3-46.桃乃の前で

「え?」

「周りはみんな楽しそう。これだけ大勢の人が楽しんでいるのを、一気に恐怖に陥れれば効率がいい。そう思ってここに来たんだけど……ひとりだけ、怖がってる子がいるなんてね」


 自分と同じくらいの年齢に見える、可愛らしい女の子は、桃乃には理解できない独り言を言っていた。


「理由は知らないけど、あなたの恐怖がもっと欲しいわ」


 その子は言いながら、片手をウサギ大明神の像に押し当てた。一瞬だけ、手に丸い石のようなものを持っているのが見えた。


「ももちゃん!」


 背後から、つむぎの声。次の瞬間には桃乃の腕は彼女に掴まれて、引っ張られていた。


「こっち! 早く逃げて!」

「キエラ! お前は毎日飽きないな!」


 戸惑う桃乃を引っ張るつむぎと、怒りの形相で女の子に詰め寄るラフィオ。

 何が起こっているのか全くわからないまま、桃乃は引っ張られていった。



――――



「ももちゃん走って!」


 キエラの姿を見た途端、ラフィオはそっちに走っていく。つむぎもすぐに後を追った。

 とにかく、ももちゃんに被害がでてはいけない。つむぎはその一心で、友達をキエラから引き離す。


 少し振り返ると、ウサギ大明神の像が巨大なフィアイーターに変わっていくところだった。

 大まかな形は同じでも、顔つきがフィアイーター特有の凶悪なものになっていく。

 遊園地のシンボルが。早く倒さないと。でも大きすぎる。今までの敵よりずっと大きい。


 黒タイツの戦闘員の姿もあちこちに現れた。周りのお客さんたちも悲鳴を上げながら逃げる。ポケットのスマホから警告の音がした。アナウンスで、早く園外に逃げてくださいってお姉さんの緊張した声がする。

 ラフィオは今、戦ってるはず。大きなフィアイーターと、たくさんの黒タイツを前にして。わたしも早く行かないと。


「ももちゃん。ここまで来たら大丈夫だよ。あとはひとりで逃げて。わたしはラフィオの所へいく」

「でも」

「逃げて。お母さんたちには、わたしとははぐれちゃったって言って」

「一緒に逃げないの?」

「うん。ラフィオの所に行かないといけないの」

「行って、戦うの?」

「……」


 返事に詰まった。


「あの女の子、怪物を作ってたんだよね? それで、ラフィオくんは怒ってた。……ねえ、ラフィオって、魔法少女と一緒にいる大きな動物と同じ名前」

「うん。そうだよ」


 つむぎは、それ以上返事に詰まることはなかった。

 迷いもなかった。


「見てて。デストロイ! シャイニーハンター!」


 桃乃から一歩離れて、変身。服装が変わって魔法少女になっていく。ミニスカートの格好に変身して、高らかに名乗りを上げる。


「闇を射抜く精緻なる狩人! 魔法少女シャイニーハンター!」


 友達を守るための力。恥ずかしいことはなかった。


「つむぎちゃん……本当に魔法少女だったんだ」

「うん。黙っててごめん。周りには知られちゃいけないから。……それから、怪物を倒せる力を持ってるのに、ももちゃんに怪物にやられちゃえなんて言って、本当にごめんなさい」

「ううん! いいの! それよりわたしも、みんなのために戦ってくれてるつむぎちゃんに、ひどいこと言っちゃった。ごめんなさい!」


 桃乃は、改めてハンターの姿を見た。


「そのスカート、似合ってるよ」

「そうかな? ありがとう。本当は、ちょっとだけ恥ずかしいんだよね」

「でも可愛いよ……わかった。行って。みんなには、つむぎちゃんたちとは会ってないって説明する。どこにいるか、わからないって」

「うん。ありがとう。行ってくるね」


 ハンターは桃乃に背を向けて、フィアイーターの方へ駆けていった。


 その周りに大勢の黒タイツ。それが、逃げ遅れていた係員らしき人に襲いかかろうとしていた。彼らを守るため、ラフィオは奮闘してるらしい。けど、多勢に無勢。

 背負っている弓を手に取り、射る。黒タイツの頭を的確に射抜いていって、彼らを助ける。


「ラフィオ!」

「遅いぞ。あの子は」

「わたしが魔法少女だってバレた!」

「おい!」

「大丈夫! 内緒にしてくれるって言ってたから!」

「本当に大丈夫なんだろうな!?」


 ラフィオの上に飛び乗りながら、そんな会話をする。


「大丈夫! ももちゃんはいい子だよ! それより、この人たちを助けないと! 逃げられなかったの?」

「ふれあいコーナーのウサギたちを助けてたら、逃げ遅れた」


 ラフィオが黒タイツのひとりを蹴飛ばしながら言う。

 確かに。よく見たら、係員の腕には数匹ずつウサギがいた。すごくモフモフしている。


 ふれあいコーナーはウサギ大明神様の隣にあったもんね。


「この人たちを逃すのが最優先だ。フィアイーター本体は後でもいい」

「そうだよね! 人の安全が一番だよね!」

「ああ。ウサギが犠牲になれば、お前も悲しむだろうしな」

「ラフィオー! ありがとう! いっぱいモフモフしてあげるね!」

「やめろ! 特に今は! 絶対にやめろ!」


 ラフィオは叫びに似た返事と共に、黒タイツを一体思いっきり踏みつけた。首に体重をかければ折れて、死ぬ。


 ハンターもその間に、次々に黒タイツたちを殺していく。係員たちの進路を塞ぐ敵は、あらかた倒した。だから彼らはお礼を言いながら、ウサギを抱えて逃げていく。

 まだ黒タイツの数は多い。そして大きすぎるフィアイーターは野放しだ。早くセイバーたちにも来てもらわないと。

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