「え?」
「周りはみんな楽しそう。これだけ大勢の人が楽しんでいるのを、一気に恐怖に陥れれば効率がいい。そう思ってここに来たんだけど……ひとりだけ、怖がってる子がいるなんてね」
自分と同じくらいの年齢に見える、可愛らしい女の子は、桃乃には理解できない独り言を言っていた。
「理由は知らないけど、あなたの恐怖がもっと欲しいわ」
その子は言いながら、片手をウサギ大明神の像に押し当てた。一瞬だけ、手に丸い石のようなものを持っているのが見えた。
「ももちゃん!」
背後から、つむぎの声。次の瞬間には桃乃の腕は彼女に掴まれて、引っ張られていた。
「こっち! 早く逃げて!」
「キエラ! お前は毎日飽きないな!」
戸惑う桃乃を引っ張るつむぎと、怒りの形相で女の子に詰め寄るラフィオ。
何が起こっているのか全くわからないまま、桃乃は引っ張られていった。
――――
「ももちゃん走って!」
キエラの姿を見た途端、ラフィオはそっちに走っていく。つむぎもすぐに後を追った。
とにかく、ももちゃんに被害がでてはいけない。つむぎはその一心で、友達をキエラから引き離す。
少し振り返ると、ウサギ大明神の像が巨大なフィアイーターに変わっていくところだった。
大まかな形は同じでも、顔つきがフィアイーター特有の凶悪なものになっていく。
遊園地のシンボルが。早く倒さないと。でも大きすぎる。今までの敵よりずっと大きい。
黒タイツの戦闘員の姿もあちこちに現れた。周りのお客さんたちも悲鳴を上げながら逃げる。ポケットのスマホから警告の音がした。アナウンスで、早く園外に逃げてくださいってお姉さんの緊張した声がする。
ラフィオは今、戦ってるはず。大きなフィアイーターと、たくさんの黒タイツを前にして。わたしも早く行かないと。
「ももちゃん。ここまで来たら大丈夫だよ。あとはひとりで逃げて。わたしはラフィオの所へいく」
「でも」
「逃げて。お母さんたちには、わたしとははぐれちゃったって言って」
「一緒に逃げないの?」
「うん。ラフィオの所に行かないといけないの」
「行って、戦うの?」
「……」
返事に詰まった。
「あの女の子、怪物を作ってたんだよね? それで、ラフィオくんは怒ってた。……ねえ、ラフィオって、魔法少女と一緒にいる大きな動物と同じ名前」
「うん。そうだよ」
つむぎは、それ以上返事に詰まることはなかった。
迷いもなかった。
「見てて。デストロイ! シャイニーハンター!」
桃乃から一歩離れて、変身。服装が変わって魔法少女になっていく。ミニスカートの格好に変身して、高らかに名乗りを上げる。
「闇を射抜く精緻なる狩人! 魔法少女シャイニーハンター!」
友達を守るための力。恥ずかしいことはなかった。
「つむぎちゃん……本当に魔法少女だったんだ」
「うん。黙っててごめん。周りには知られちゃいけないから。……それから、怪物を倒せる力を持ってるのに、ももちゃんに怪物にやられちゃえなんて言って、本当にごめんなさい」
「ううん! いいの! それよりわたしも、みんなのために戦ってくれてるつむぎちゃんに、ひどいこと言っちゃった。ごめんなさい!」
桃乃は、改めてハンターの姿を見た。
「そのスカート、似合ってるよ」
「そうかな? ありがとう。本当は、ちょっとだけ恥ずかしいんだよね」
「でも可愛いよ……わかった。行って。みんなには、つむぎちゃんたちとは会ってないって説明する。どこにいるか、わからないって」
「うん。ありがとう。行ってくるね」
ハンターは桃乃に背を向けて、フィアイーターの方へ駆けていった。
その周りに大勢の黒タイツ。それが、逃げ遅れていた係員らしき人に襲いかかろうとしていた。彼らを守るため、ラフィオは奮闘してるらしい。けど、多勢に無勢。
背負っている弓を手に取り、射る。黒タイツの頭を的確に射抜いていって、彼らを助ける。
「ラフィオ!」
「遅いぞ。あの子は」
「わたしが魔法少女だってバレた!」
「おい!」
「大丈夫! 内緒にしてくれるって言ってたから!」
「本当に大丈夫なんだろうな!?」
ラフィオの上に飛び乗りながら、そんな会話をする。
「大丈夫! ももちゃんはいい子だよ! それより、この人たちを助けないと! 逃げられなかったの?」
「ふれあいコーナーのウサギたちを助けてたら、逃げ遅れた」
ラフィオが黒タイツのひとりを蹴飛ばしながら言う。
確かに。よく見たら、係員の腕には数匹ずつウサギがいた。すごくモフモフしている。
ふれあいコーナーはウサギ大明神様の隣にあったもんね。
「この人たちを逃すのが最優先だ。フィアイーター本体は後でもいい」
「そうだよね! 人の安全が一番だよね!」
「ああ。ウサギが犠牲になれば、お前も悲しむだろうしな」
「ラフィオー! ありがとう! いっぱいモフモフしてあげるね!」
「やめろ! 特に今は! 絶対にやめろ!」
ラフィオは叫びに似た返事と共に、黒タイツを一体思いっきり踏みつけた。首に体重をかければ折れて、死ぬ。
ハンターもその間に、次々に黒タイツたちを殺していく。係員たちの進路を塞ぐ敵は、あらかた倒した。だから彼らはお礼を言いながら、ウサギを抱えて逃げていく。
まだ黒タイツの数は多い。そして大きすぎるフィアイーターは野放しだ。早くセイバーたちにも来てもらわないと。