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3-40.ウサギさんランドへ

 そのまま背中を流せとまでいいそうな愛奈を風呂場に放置して、俺は彼女の部屋まで戻る。服を持って来いとも言ってたから。

 命令を無視したら、あいつは俺に、なんで言う事聞かなかったのよと詰め寄ることになるだろう。バスタオル姿で。あるいは裸で。単純にウザいから、一応は聞いておく。


 そして俺は、どんな服を持ってくればいいのかわからなかった。だから結局風呂場に戻ることに。


「姉ちゃん。どうすればいい」

「あのブローチが似合う感じの、落ち着いた服にして」

「いや。全くわからない。どの服持ってくればいいか教えてくれ」

「もー。悠馬は本当にファッション知らないのね」

「開けるな。指示だけしろ」


 浴室のスライドドアを開けようとした愛奈を、俺はこちら側からドアを押さえて断固拒否した。隙あらば起伏の無い裸体を見せて誘惑しようとするんだから油断ならない。この変態が。

 そんなことしなくても、愛奈の前からいなくなったりしないから。


「白い長いスカートと淡い色のブラウス。あと同じく淡い感じのカーディガン。半袖のやつね」

「わかった。持ってくる」

「あと下着も」

「……わかった」


 持ってこないわけにはいかないよな。下着をつけずに服を着るわけにはいかないよな。

 まったく。こんなことになるなら、つまらないお願いなんか聞かなきゃよかった。けどそうすると愛奈がうるさいし、ずっとベッドの上でゴロゴロしてそうなんだよな。


 愛奈の部屋でクローゼットを開けて中を探していると、ラフィオが様子を見に来た。


「悠馬。朝食できたぞ。それにしても……姉の服を漁るとは、なかなか面白い趣味だね」

「シャワー浴びてるから、着替えをそこまで持って来いって言われたんだよ。わかるだろ。変な誤解をするな」

「わかるとも。愛奈にも朝食、早く食べさせろ」

「わかったよ」

「二日酔いにも優しいメニューにしたからな」


 そういう配慮までしたメニューを作れるようになったらしい。ラフィオの家事スキルは日々上達している。


「ラフィオのご飯おいしいね!」

「どうも」

「わたしたちが結婚したら、このご飯毎日食べられるんだよね?」

「結婚しないからな。あと、ご飯は毎日食べてるだろ」

「えー? つまり……わたしたち、もう結婚してる?」

「なんでそうなるんだ」

「ふたりとも朝から元気ねー」


 相変わらずの会話をしているちびっ子たちに、着替えた愛奈が声をかける。

 髪はまだ乾ききっていないけれど、ちゃんと社会人の休日の格好をしている。さすが、外面を取り繕うのがうまい女だ。


「二日酔いは大丈夫か?」

「大丈夫大丈夫。もっとひどい状態で会社行ったこともあるから」

「それを大丈夫とは言わない」


 でも、なんとかなりそうだった。


「さあ行くわよ! 楽しいウサギさんランドへ!」

「わーい! ウサギさん!」


 本来の目的を覚えているのか心配になる、つむぎのはしゃぎようを見ながら、俺たちは家を出た。


 遥の家まで向かって合流。そして車椅子を押しながら駅まで歩いて向かう。そんなに長い距離ではない。


 電車に乗って三十分ほど。そこで降りてバスに乗り換えて、さらに三十分。

 模布湖という大きな湖のほとりに建っている遊園地が、俺たちの目的地。


「ウサ子ちゃんだー!」


 遊園地の入口に、ウサギさんランドのマスコットキャラクターの着ぐるみがいた。ピンク色の二足歩行のウサギのキャラだ。

 それを見つけた瞬間、つむぎは一瞬で駆け寄っていく。女子小学生の常識を超えたスピードだった。今の瞬間、つむぎは人間を超えていた。


 その速度で体当たりをするように抱きついたわけで、着ぐるみの中からくぐもった悲鳴が聞こえた。


 この仕事も大変だ。


「すいません! この子加減を知らなくて! おいつむぎ、待ち合わせの時間だぞ」

「ウサ子ちゃんまたね! 後でまたモフモフさせてね!」


 俺は必死に謝りながらつむぎを掴んで、集合場所へと戻っていく。

 実に保護者みたいな仕事をしてしまった。


 本来の保護者役の愛奈や、いつも止めてるラフィオがどうしてるのかといえば。


「そうなんですよ。両親に不幸があって。高校生の弟と二人暮らしで家長をしています」


 愛奈は他の保護者たちと談笑していた。小学生の子を持つ若いパパさんママさんと言えど年上ばかり。そんな相手に臆することなく、最低限の身の上話はしつつ詳しくは語らないでいた。

 親というには若すぎる愛奈の事情が気になり、詮索したいという奴もいることだろう。けど愛奈はそれを華麗に受け流している。


 なんだかんだ、人と話すのが仕事の営業職だもんな。得意なんだろうな、こういうの。

 基本的な物腰が柔らかければ、美人であることは武器になる。お父様方からの視線を集めつつ、お母様方からは若くして不幸な身の上に同情を集める。

 保護者の集まりの中で、早くも立場を確立していた。


 普段は馬鹿なくせに、こういう時はうまく立ち回れる。


 そしてラフィオは。


「ねえ! どこの国から来たの!?」

「日本語上手だね!」

「かっこいい!」

「ラフィオってよくある名前なの?」

「あ、ありがとう。僕の国では珍しくないかな……」


 小学生たちに囲まれていた。


 元々、つむぎの彼氏ってことにされたラフィオを、みんなが気になるから企画された集まりだもんな。これは当然の流れと言える。

 ラフィオも、なかなかの美少年だ。しかも外国人設定。女の子たちに興味を持たれるのは当然だ。


 魔法少女に味方する謎のモフモフと同じ名前であることに気づく子もいたらしいけど、偶然で片付けてしまった。

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