そんな遥に、綾瀬さんの恋を成就させるという目的とそのアドバイスを求めたいと説明して、改めて質問した。
「それで遥。どうなんだ」
『えーっと、えっとね? なんというか……感覚?』
「感覚」
『人を好きになるなんて、理屈じゃないと思うな』
「そういうものか」
『わたしの場合はさ、毎朝車椅子を押してくれる悠馬のこと、なんかいいなーって思ってて。いつの間にかその、す、好きになっちゃったというか』
遥の方も、堂々と俺のことを好きと呼ぶのに気恥ずかしさがあるらしかった。
『もし悠馬じゃなくて他の男子とか、女子なんかに車椅子を押されてたとしても、その人のことを好きになったかはわからないしね。だから理由なんてないんだよ』
「なるほど」
その感覚はわかった。
『長谷川くんに綾瀬さんを好きにさせるにはどうすればいいかって問題には、正直答えは出せないです。その子たちのこと、詳しく知らないしね。顔も知らない相手だし。長谷川くんの好みもね。だから、それについて考えるのはナンセンスです』
「じゃあ、どうすればいい?」
『確かなことは綾瀬さんの恋心だけ。だから、思い切って告っちゃえばいいんじゃないかなー。ストレートに好きって言えば、小学生の男の子なんて意識しちゃうものでしょ!』
わかりやすい。作戦とも言えないような理屈。
あ、でも。電話の向こうの遥からそんな声が聞こえた。
『付き合うか付き合わないかくらいの時期が、一番楽しいって言うよね』
「つまり?」
『お互いに好きなのはわかってるけど一歩踏み出す勇気がないとか、今の関係を壊したくないとかで、なんとなく現状維持してる時期。結構いいって聞くよ』
その感覚は俺にはわからなかった。
いや、わかってるのかもしれない。それはつまり。
『わたしもね。楽しいんだ、今の感じ。だから悠馬。あんまり気にしなくていいよ』
「あー……わかった」
俺の考えてること、遥はわかってたのか。すごい奴だ。
『というわけで、明日は綾瀬さんには、長谷川くんとできるだけ長く近くにいてもらって、ドキドキするタイミングを稼ぐって方針でどうかな。明日、付き合うかどうか決めなきゃいけないわけじゃないし』
「なるほどな。いい案だと思う。俺には、そんな簡単なことも思いつかなかった」
『うんうん。恋に関してはわたしの方が先輩だからねー。どーんと頼ってくださいな!』
電話の向こうで遥はたぶん、得意げな顔をして親指立てていることだろう。
まあいいさ。明日の方針は決まった。つむぎに遥の案を話したところ、それで問題ないとなったし。
つむぎの両親は、今日は帰ってこないらしい。そのまま夕飯を一緒に食べて、彼女は今夜俺の家に泊まることになった。
ラフィオが少し嫌そうな顔をしている。十中八九、一緒に寝ることになるから。
男女で同衾というよりは、小動物の姿のラフィオをぬいぐるみのように抱きしめて寝ることになるから、あんまり不健全な感じはしない。ラフィオにとっては災難だろうけど。
こうして夜は明けていった。
「うえー。気持ち悪い……わたしってば何を……」
「おはよう、姉ちゃん」
「おはよー」
翌朝。いつもより早い時間に酒のせいで気絶するように眠りについた愛奈は、俺がフライパンを駆使する前に起床していた。
酒はともかく、毎朝こうなら嬉しいんだけど。
そして目覚めていながら、自らの力で起き上がることができなかった。なぜなら。
「ねえ悠馬。なんでわたし、パンツ姿で縛られてるの?」
「俺が縛ったからな」
「えー!? 悠馬ってば、お姉ちゃんにそういうことするのが趣味だったの!?」
「人聞きの悪いことを言うな!」
「もー。人の趣味は自由だし、わたしだって悠馬の好みには合わせてあげたいけどね。いきなりこれは、ちょっとレベル高いというか」
「違うからな。そんな趣味でやったわけじゃないからな。姉ちゃんが夜中に起きて一人で酒飲まないためだからな!」
「ズボン脱がせたのは?」
「トイレ行きたがって、そのままパンツだけ履いて寝たんだろうが」
「えー? 本当かなー? 女の子を縛るのに興奮とかは」
「ずっと縛られてろ。今からフライパン叩きまくるから」
「ごめんなさいそれだけはやめてください! もー。わかってるってば。悠馬にそんな趣味はないって。ほんの冗談だってば。ね?」
「はいはい。解いてやるから、さっさとシャワー浴びて着替えて飯を食え。今日はお出かけだぞ」
「そうね。そんな予定もあったわね。ええ、わかってるわよ。ラフィオとつむぎちゃんの保護者代理ね」
「できるのか?」
「当然。わたしこれでも、何年か悠馬の保護者やってるのよ?」
「そうだけどさ」
法律的には愛奈が保護者。実際、保護者らしいことも何度かやってる。高校の三者面談なんかも愛奈が学校に来る。
頑張って保護者やってることは知ってるし、できてる。目の前の、この下着姿の酔っ払いが。
「ふたりくらい増えてもどうってことないわ。任せなさい!」
「わかった。任せるよ」
「ところで悠馬。お願いがあります」
「なんだ」
「まだお酒が残っててフラフラしてるというか。お風呂場まで運んで? あと、着替えもそこまで持ってきて?」
「自分でやれ」
「やだー。悠馬にやってほしい! ねえ悠馬。お願い」
「ああもう。わかったよ。ちゃんと酔いは覚ませよ!」
「やったー」
俺に抱きつく愛奈。結局やってしまう自分が情けない。というか、これでなにが保護者だよ。
愛奈の体を支えながら風呂場まで向かう。まあ、姉ちゃんに頼られるのは悪い気はしなかったな。ショーツ丸出しなのはどうかと思うけど。