途中、遥の家に寄って貰って降ろす。また明日ねと楽しそうにしながら自分の家に入っていくのを見送った。
つむぎの両親は今もいないようだから、俺たちと一緒に食事がしたいというわけで家に上がった。
俺たちとは、俺とラフィオのこと。愛奈に関しては明日の朝まで部屋に閉じ込めておく。食事の場に出せば、また飲み始めそうだから。
「ねえ悠馬ー」
「なんだ」
「おしっこー」
「……さっさとやれ」
トイレまで運びながら冷たく言い放つけど、愛奈は俺に抱きつく腕を強めた。
「手伝って」
「嫌だからな!」
なんで姉のトイレの世話をしなきゃいけないんだ。
「手元がおぼつかなくてー。脱がせてー」
「断る」
愛奈をトイレにぶち込んで扉を閉める。大丈夫。さすがに愛奈も漏らすような醜態は晒さないはず。
それほどではない醜態はいつも晒してるけど、そこまではいかないはず。行かないでくれお願いします。
中で鍵を閉める音こそ聞こえなかったけど、俺の祈りが通じたのか水を流す音は聞こえた。そして、それきり中で動く気配はなかった。
いや待てよ。心配だからって扉を開けて中の様子を確認するわけにはいかない。姉ちゃんの裸が目に入ったらどうする? 俺は嫌だ。もう少し待とう。
リビングから、ラフィオとつむぎが楽しそうに騒いでいる声が聞こえる。平和だな。正確には、楽しそうなのはつむぎだけで、ラフィオは悲鳴なのかもしれないけど。
しっかり十分ほど待ってから扉を開ける。同時に、向こう側にもたれかかってたらしい愛奈の体が俺に倒れかかった。
「おっと。まったくこいつは……」
見れば、ショーツはちゃんと履いていた。長めのスボンまで履く気力はなかったらしい。
「ほら、もう寝るぞ」
「うえー。気持ち悪い」
「そんなに飲むなよ」
ショーツ姿の愛奈を部屋のベッドに寝かせる。もちろん、これだけでは終わらない。起きたらまた、酒を飲もうとするかもしれない。
明日の朝まで完全に禁酒だ。
浴室まで行って、タオル類をいくつも持ってくる。少し前まではタオルを顔に巻いて顔を隠していたわけで、扱いにはそれなりに自信があった。
つまり、帯状のタオルを細く丸めてロープの代わりにする技術に対する自信だ。
ハンドタオルで愛奈の手足を縛り、バスタオルを何枚かつなげて長いロープにした上で体をベッドにくくりつける。
緩んでないか、そして愛奈の健康状態に変化がないかを見るために、一定期間おきに確認に行く。これでいこう。
酔いつぶれた愛奈は、縛られている間は全く抵抗しなかった。たぶん縛られていることすら気づいていない。
「んんっ……悠馬」
「なんだ」
「大好き。えへへ……」
「そうか」
寝言だろうな。素面でも、割と同じようなことを言ってるけど。
気持ち良さそうに寝ている愛奈の頭を撫でてやる。こんな奴でも俺の保護者なんだよな。
愛奈の部屋を出てリビングに戻ると、少年の姿のラフィオがつむぎをソファに押し付けているところだった。
「おい! 悠馬! こいつを押さえつけるの手伝ってくれ!」
「あはは! ラフィオってば力強いよねー!」
「嫌だよ。さっき酔っ払いをベッドまで運んで縛り上げたところだ。力仕事はもうしたくない」
「そうか! 縛り方を教えてくれ! こいつも縛る!」
「もー。ラフィオってば、わたしを縛ってどうするつもり? えっち……」
「そういう意味じゃない!」
「でも! ラフィオがやりたいって言うなら……いいよ?」
「こちょこちょ」
「うひゃー!? ちょっ! ラフィオやめて! くすぐったい!」
「お前を動けなくするためにやるんだよ! くすぐり続けるのも疲れるからな!」
「わーん! ラフィオが意地悪するー」
ふたりとも、仲良くじゃれ合うのも程々にな。
つむぎを縛るのはやめておくにしても、ラフィオが動かないと夕食ができない。別に俺が作ってもいいんだけど、そうすると何故かみんなから不評だから。
「つむぎ、明日一緒に行く友達に連絡取らないでいいのか?」
「え? 連絡ですか? 明日はよろしくお願いします、みたいな?」
そんな社交辞令が必要ないのが、小学生のいいところだな。
「それはそうなんだけど、明日は単に遊びに行くだけじゃないだろ? 友達が好きな男の子と仲良くなれるよう、つむぎも手伝ってやらないと」
「あー。そうですね……」
忘れてたのか。
「ラフィオをみんなに紹介するので頭がいっぱいでした」
「そっか」
それも友達が集まる表向きの理由だし、大事なことではあるな。
そうやって集まったクラスメイト数人の中に、つむぎの友達と彼女が好きな男の子がいる。
友達が綾瀬さんで、男の子が長谷川くんだっけか。長谷川くんは、ファッションに気を使う珍しい男子小学生で、モテるらしい。
おしゃれに力を入れても、中学に上がれば制服着るから意味ないんだけどな。
ところで、肝心の綾瀬さんについて俺は特に何も知らない。
「んー。ももちゃん、スマホ持ってないから家に電話するしか連絡取れないですよ」
「そっか。仕方ないな。どんな子なんだ?」
綾瀬さんなる小学生に、俺は会ったこともない。
名前のももちゃんっていうのが、本当は何なのかも知らない。
親が厳しいから個人の携帯端末は持っていない。あとあまりファッションに気を使えない家庭にあるらしいことは知ってる。
自分がおしゃれ出来ないから、普段履かないスカート姿で注目を集めたつむぎに嫉妬心を抱いたのが喧嘩の始まりだ。
「名前は桃乃ちゃんです。お家は、ええっと。そんなにお金持ちじゃないというか」
「着ている服は、そんなに綺麗ではなかったな。着古したという印象だ」
キッチンからラフィオが声をかけてきた。
家が厳しいから、そういう浮ついたことは禁止って可能性も考えていた。子供に携帯電話を持たせるなんて危ないって考えの家庭もあることだろう。
俺の予想は外れてたらしいけど。