なおも逃げようとするフィアイーターだけど、ライナーが横からダッシュしながら体当たりをした。横滑りなんて車が本来やらない動きによって、フィアイーターの後退が止まった。ホイールが本格的に歪んだらしい。
「姉ちゃん!」
「わかってる! 前を開けるのね!」
セイバーが駆け寄って、フィアイーターの前方から斬りつける。なんとか開かないようにしているボンネットだけど、こちらも車体の歪みから僅かな隙間ができた。
それを、俺と樋口とで強引に掴んでこじ開ける。
本来ならエンジンやらバッテリーやらが並んでいるはずのそこには、暗黒が広がっていた。
そして中央付近にしっかりとコアが見えた。
「あった! 誰か壊してくれ!」
「わたしがやりますね!」
頭上から声。ラフィオの上からジャンプしたハンターが、俺たちの上を逆さまの体勢で飛び越えながら矢を射る。
俺の眼前を輝く矢が通り抜け、ハンターには一瞬しか見えていないはずのコアを正確に射抜いた。相変わらず見事な腕だ。
なんとかボンネットを閉じようとしていた抵抗の力が、一瞬にして抜けていく。フィアイーターの体が黒い粒子に包まれかと思うと、ほぼ同じサイズの壊れた車へと戻っていった。
あとに残されたのは、無残な形のコンビニと疲れ切った俺たちだけ。
「みんなお疲れ様。よく頑張ったわね。さ、帰りましょう」
「うへー。樋口さんってば、勝った余韻とか考えてくれないのねー」
「すぐに人が押し寄せてくるわ。マスコミもね。澁谷みたいな好意的で仲のいい相手とは限らないわ」
独占取材の権利を与えているテレビもふもふ以外でも、取材を望むメディアは多いだろう。それらに絡まれるのは面倒だな。
「じゃあ、さっさと後輩ちゃんの家に戻りますかー。あれ? 悠馬どうしたの?」
「一応、ナイフを回収しとこうかなって」
フィアイーターのタイヤに巻き込まれるような形で刺さり、それ以降触れてない。どう考えても壊れているけど、その状態は麻美に見せないと。
残骸となった車のタイヤには既に刺さっておらず、コンビニの店内に転がっているのが見えた。
先に行くぞと、ラフィオはハンターと樋口を乗せて行ってしまった。セイバーとライナーが俺についてくる。
「どっちかは先に行ってていいのに」
俺を市川邸まで運ぶために魔法少女がひとりは必要。けど、ふたりとも俺についてくることはない。
「んー。帰りはわたしが悠馬を運びたいかなって」
「いえいえ。お姉さんは帰っててください。わたしが運びますから」
「あー。もったいないわねー」
ライナーに返事をせず、セイバーは店内を見渡した。
視線は主に、割れた酒瓶に向いている。ワインやら日本酒やら。
店の奥の方にある、缶ビールやチューハイなんかのコーナーは無事だった。アクリルの扉は破損が一部あったけど、中身は商品としてまだ売れるという意味で。
「一個ぐらい貰ってもバレないわよね?」
「帰るぞ姉ちゃん。さっさと俺を運べ」
「しょーがないわねー」
「あー!」
無人のコンビニと大量の酒。姉ちゃんが馬鹿な気を起こさないうちにナイフを回収して帰るよう言ったところ、ライナーから抗議の声があがった。
いや、俺はそんなつもりで言ったわけじゃないけど。
「やっぱり悠馬は頼れるお姉ちゃんに運んでほしいのよねー」
「違うからな。どっちでもいいから」
「うんうん。今のわたしは上機嫌なんです」
「待ってよセイバー!」
俺を抱きかかえたセイバーは、すぐさまコンビニから出て駆け出した。ライナーも追いかけてくる。
戦いの後は割と疲れてそうだったのに、なんで俺のことになると元気なんだ。
「やあ遥、悠馬くん。仕事はちゃんとこなしたよ」
市川邸に戻ると、置いてきた部長のことが気になって家にお邪魔してみた。ガレージに麻美もいなかったし。
リビングで、部長と生徒会長がぐったりと座り込んでいた。
「君たちは、ちゃんとガレージに隠れてたようだね。関心関心。けど、今度同じことがあったら手伝ってほしいな」
「あの方、本当にご老人ですの? とんでもない力でしたわ……」
「そうでしたか……ご迷惑をおかけしました。そんなに大変だとは知らず、ガレージで震えてました」
麻美は俺たちがずっとガレージにいると説明していたらしい。それに話を合わせておきつつ、ふたりが多大なる苦労をしていたことを謝る。
次がないことを祈りたい。あったとしても、俺たちはまた戦いに出ているのだから。おじいさんを止める暇はないのだから。
「それで、ナイフの出来はどうだった?」
少し高揚している口調で、麻美が聞いてきた。
自分の発明が魔法少女たちにどれほど貢献したのか、気にしているようだった。
なので正直に壊れたナイフを見せた。
完全にへし折れて収納が不可能になり、刃もボロボロになった無残な姿になっている。
「黒タイツ三体と、車のフィアイーターのタイヤをパンクさせたら壊れた。……タイヤの回転に巻き込まれなかったら、もう少し長持ちしてたかも。けど、これからもたぶん、一度戦うたびに取り替える必要があると思う」
「あー。まあ、仕方ないよねー。こんなものこんなもの。敵にそれだけ被害を与えられたら十分です」
「そういうものか?」
「うんうん。取り替えについては心配しないで。数を用意するから。車椅子に新しいの取り付けておいたから、次はそれを使って。予備もいくつか渡しておくから」
「いや、それは……」
遥の家まで予備のナイフを持ち歩くのは、あまり気が乗らなかった。運んでる途中で警察に見咎められたら困るというか。なんの変哲もない金属片に偽装したナイフを大量に所持してるとか、緊急逮捕要件だ。
そもそも、それを避けるための偽装なわけで。