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3-32.ボンネットをこじ開ける

「車内にはないかもしれないわ。こっちかも」


 樋口がそう言いながら駆け寄ってきた。手には大きめのガラス片。破壊されたコンビニにはいくらでもある。

 同じくコンビニで売ってたらしいハンドタオルを巻きつけて、自分の手が傷つかないようにしている。


 樋口はそれで車のボンネットに斬りつけていく。ガラスで鉄は切れないものだから、表面に薄い傷がつくだけ。


「そうよね! 生き物みたいな顔してるくせに材質は車なんだから! ちょっと睨まないでよ!」

「フィアアアアアア!」


 車の正面に立っている樋口は、フロントガラスに浮かんでいるフィアイーターの顔と対面している状態。

 フィアイーターの感情はわからないけど、怒ってるのだろうか。樋口に向けて無事な方の腕を振る。


「危ないわね! ボンネット開けようとしてるんだから邪魔しないで!」


 それは邪魔するだろ。敵なんだから。


 樋口はボンネットの中にコアがあるかもと考えているらしい。普通の車だったら簡単に開くはずのそれは、相手がフィアイーターだから抵抗しているらしく、樋口は苦戦していた。

 材質は車なのに、そこは開かないのか。しかもフィアイーターはまた腕を振って樋口を遠ざけようとする。あるいは殺そうとかな。


 怪物の腕に薙ぎ払われれば生身の人間は大怪我をする。これじゃボンネットをこじ開けようにも、その暇がない。


「まずは腕を潰すわよ!」

「わかった! ラフィオ手伝ってくれ!」

「今それどころじゃない!」


 店の外から拒否の答え。そっちを見ると、駐車場に何人かの黒タイツがいて、ラフィオはそれと格闘しているところだった。

 もう何体かは倒れて消滅しかけている。ラフィオに乗っているハンターが顔面を射抜いたとかだろう。


 黒タイツと組み合って、なんとか押し倒したラフィオは前足でそいつの胸や頭部を何度も蹴っていた。その間にも別の黒タイツが襲ってくるから、それの対処はハンターの仕事。


「そっちでなんとかしてくれ!」

「しかたないな! 俺が抑えるから樋口が斬ってくれ」


 こっちは人間の肉とか肌に近そうな質感だから、ガラスでも切れるだろう。


 フィアイーターの片腕は俺の反対側、レジカウンターの上部の高さに生えていた。

 俺はボンネットに飛び乗る。薄い鉄板が凹む間隔。フィアイーターもそれなりに痛みを感じたのか、咆哮を上げながら払い落とそうとして。


 俺の足元に振るわれる腕をジャンプして回避。そして振り抜いた腕を掴んで強引に引っ張り、カウンターに押し付けた。全体重をかけて、丸太みたいに太い腕をなんとか押さえつける。


「早くしてくれ! あまり持たない!」

「ええ! わかってる」


 樋口が、俺が抱えている腕にガラス片を何度も刺す。肉が切り裂かれる音がした。血は流れないけど、ダメージは与えているはず。

 傷口から、闇を煮詰めたような真っ黒な空間が見える。その中にはコアはない。


「ねえ悠馬! こっちにコアなさそうなんだけど!」


 セイバーの声。車の片側の扉を両方ともベリベリと引き千切って、座席を剣で何度も切り裂いている。けど、見つからないらしい。


「こっちもなさそう! てか、そろそろ限界です!」


 ライナーの声だ。後部のトランクが、何度も蹴られた影響でベコベコになって、開いたらしい。そこから何が見えてるかはわからないけど、黒い空間の中にコアが浮かんでるわけではないようだ。


 そして限界か。車の馬力をずっと脚で受け止めつづけるのは無理があるよな。


「フィアアアアアア!!」

「悠馬ごめん! 離れて!」

「いいえ離さないで!」

「どっちだよ!?」


 バックで逃げようとするフィアイーターの進路から跳び退いたライナーと、フィアイーターの腕をガラス片でザクザク切り裂いている樋口の声が連続して聞こえた。

 邪魔なライナーがいなくなったため、フィアイーターは全力でバック走行を始める。車体繋がった腕はもちろん一緒に後退するし、それを抱きしめて押さえている俺も一緒に引きずられることになる。


 が、樋口が間一髪で腕をざっくりと切り裂いた。俺はフィアイーターの腕を抱きしめたまま、その場で踏ん張る。


 全力でバックするフィアイーターから、腕がブチブチと音を立てて千切れていくのが見えた。その痛みを感じてはいるはずだけど、車は急に止まれない。

 邪魔な腕を奪う作戦は、なんとかうまくいったらしい。


 フィアイーターは勢いのまま店外に。そこには。


「おいラフィオ避けろ!」

「うわっ!? どうなってるんだよ! ちゃんと押さえつけておけよ!」


 新しい黒タイツと向かい合っていたラフィオは、慌てて跳躍。黒タイツの方はそこまでジャンプ力はなかった。

 結果、フィアイーターに突き飛ばされることになった。パンクしてホイールも歪んだフィアイーターはガクンガクンと大きく上下しながらの移動になっている。


 撥ねられて倒れた黒タイツの上に、ちょうど跳ね上がったホイールがちょうど落ちてきた。血も肉も撒き散らさないまま、頭部が潰れて黒タイツは死んだ。

 なおもフィアイーターはガクンガクンと上下に揺れながら後退していく。その屋根に、ラフィオが降りてきてた。もちろんハンターも跨ってる。


「今のが最後の黒タイツだったよ! それで、こいつのコアはどこだ!?」

「たぶんボンネットの中だ!」


 車内にもトランクにもないなら、そこにあるはず。

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