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3-27.愛奈と部長

 樋口の指定したルートは、坂道があったり長い直線があったり曲がり角が集中した場所があったり。その一方で歩道のない狭い道は避けられているという、よく考えられたものだった。


「あぎゃー。無理! 心臓破れる!」


 上り坂に差し掛かった途端、愛奈が悲痛な声を上げる。たぶん樋口はこれも織り込み済み。

 そしてこのルートはどうやら、他にも好んで使っている者がいるようで。


「おっと。やあ悠馬くん。二日連続でこんな所で会うなんて珍しい。しかもランニングとは。家から離れた場所でトレーニングかい?」


 親しげに声をかけてくるのは早川部長だ。

 学校の体操着姿で、大きな胸を揺らしながら走っている。生徒会長の姿は見えないけど、たぶん部長のはるか後ろを走ってるとかだろう。


「おはようございます。いろいろあって、知り合いで集まってトレーニングすることになりました」

「なるほど。そちらの皆さんが知り合いかい? どういう集まりか、ちょっと想像がつかないけれど」

「そうですよね」


 高校生男子に成人女性がふたり。あと小学生男女。


「初めまして! 悠馬さんのお隣の御共つむぎです! こっちは彼氏のラフィオです!」

「おい。恥ずかしい紹介するんじゃない」

「えー。でも事実だよ!」

「事実じゃない!」

「なるほどね。ふたりとも元気そうでなによりだ。頑張ってくれよ。そうだ、将来的にうちの高校の陸上部に入らないかい? ふたりとも、いい体しているし」

「小学生を勧誘しないでください」


 その誘い文句好きですね。


「こっちは姉の愛奈です」

「よ、よろしくね。その胸、すごく揺れてるけど痛くないのかしら」

「おい」


 不平を言いながら走っていたから自業自得だけど、愛奈はすでにかなり疲れてそうだった。

 そんな状態で、走りながら尋ねることがそれか。弟の知り合いに。初対面の相手に。


「ははっ。ちゃんとブラを選んでるからね。揺れてるように見えるけど、そこまでじゃないんですよ」


 セクハラみたいな質問に、部長は平然と答えた。この人も大物だな。それか運動の質問なら真摯に答えてくれるのか。

 当然ながら愛奈には、部長が抱えるような心配は起こり得ない。今のは完全に嫉妬から出た質問なわけで。


「そうなの……羨ましい……」


 部長の胸を凝視しながら走っている。前を見ろ。


「わたしは樋口。悠馬たちの近所に住んでるの」

「なるほど。ご近所さんで集まっているわけですね」

「ええ。そんなところ」


 フルネームを言うと怪しすぎることになるから、樋口はぼかした言い方をする。部長は大して疑問に思ってない様子。

 踏み込んだ質問をする前に、前方に知った姿が見えた。ただしこちらに背を向けている。


「サキ! ランニング仲間ができたよ!」

「な、なんですの?」

「悠馬くんとそのお姉さんたちが走ってるんだ。せっかくだからそれに同行しようかと。ルートが少し変わるだろから、ついてきてくれ!」

「無理言わないでください!」


 生徒会長が前方から来たってことは、部長の設定したルートを周回遅れしてたってことだし。


「ははっ! 頑張れ。ちなみにそっちのルートは? ……なるほど、樋口さんよく考えてるね」

「お褒めに預かり光栄よ」

「わたしのとそんなに変わらない。サキも迷子になることはないだろう」


 どうやら陸上部にとっても、割と理想的なコース作りをしていたらしい。

 警察って基本体育会系だもんな。しかも頭がいいタイプの。




「あー。駄目。疲れた。もう動けない」


 一周して市川邸へ戻るたびに愛奈は休もうとしたけど、そこを樋口に尻を叩かれて結局六周走りきった。

 ちなみに生徒会長も似たようなものだったらしい。部長は今、どこかにいる生徒会長を探しにもう一周しているところだ。


 体力あるな。実のところ俺だって、愛奈ほどじゃないけど疲れてる。


「無理。もうだめ。わたしはもうなにもできない。地面と一体化します」


 うん、これほどではない。こんな地面に体を放り出すような、情けない疲れ方はしていない。


「愛奈さん体力ないですねー。はちみつレモン飲みますか?」

「飲む元気もない……」


 つむぎがコップを持ってやってきた。ちびっ子ふたりは俺たちの半分しか走ってないけど、元気そうだ。

 子供の体力すごいな。ラフィオは人外だし、つむぎも普段から信じられないような運動神経を見せてる。


 そんな感じで俺が疲れを癒やしていると、ガレージから松葉杖で遥がやってきた。


「皆さん、宝石と武器の加工が終わりましたよ」


 そうだった。市川邸に来たのは走るためではなく、こっちの用事がメインなんだよな。


「ほら姉ちゃん。行くぞ」

「無理ー。おんぶして」

「引きずるならやるけど」

「やだー。それは痛そうだから」

「遥。ここのキッチンから、フライパンとお玉を借りてこい」

「ぎゃー!? それはやめて!」


 あ、飛び起きた。


 いくらなんでも加工が早すぎると思ったけど、前日からデザインは決めて外側の作成はしていたらしい。

 さらに宝石の型取りもやっていたし、武器の基礎となる部分の作成もしていた。


 だから今日やる作業は、仕上げと実際に取り付くかの確認だけだったようだ。


「仕事は段取りが八割と、おじいちゃんに言われてましたから」

「だってさ、姉ちゃん」

「そ、そうよね。そういうこともあるわよね。でも麻美。仕事は突発的にイレギュラーが起こるものよ。それに対処するのも大事」

「はい、先輩!」

「姉ちゃんはそんなイレギュラーの対処も苦手そうだけどな」

「なにか言ったかなー?」

「なにも」


 愛奈が俺の足を踏んで黙らせようとしたけど、俺の方が少し早く動いて回避。

 まったく。先輩らしさの欠片もない姉ちゃんだ。

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