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3-26.市川邸でトレーニング

 確かにそこは、普段見ることもない。武器を隠し持ってる人がいないか誰かに確認される場面があるとして、普通は車椅子の裏側なんて見ないだろう。


「なるほど」

「遥ちゃん、車椅子を見せてくれるかな?」

「はい! 乗ってきますね!」


 松葉杖で庭の方へ向かう遥は、誰かが手助けするまでもなくすぐに車椅子に乗って戻ってきた。


「なるほどねー。ここの補強パイプを切り取って、少しだけ経の大きい新しいパイプに取り替えるとかかな。それで中に刃物を仕込む。もちろん取手もつけられるし、必要になればすぐに引き抜ける。違和感がないようにすれば誰にも見咎められることはない。基本的にこの方針で。でもこのパイプ、ちょっと太いかなー。うーん、方針はいいけど改良点も多い……もっといい考えが思いついたらそっちをやるかも」


 座っている遥の尻、正確には車椅子のその部分を凝視しながら麻美は考えた末にそう結論づけた。


「急げば明日には一通りの作業が終わるかな! 早速取り掛かるね!」

「頼りになるなあ」


 それぞれの宝石のアクセサリー化と車椅子の改造。それなりの大作業なのに、麻美は楽しそうだった。


「いいわねー。本当に優秀な後輩ができて、わたしは幸せです。わたしにできることはあるかしら」

「魔法少女として戦いに励むとか」

「それ以外で。お酒を買ってきて宴会の席を用意するとか。この家の庭広くて、外でバーベキューするのにちょうどいいわね。家から少し離れてるから、基本的にはあの家でやるべきなんだけど」

「姉ちゃん本当にバーベキュー好きだな。外で肉を食って酒のむの」

「そうね。賑やかな食事って好きだから」

「そうだな」


 理解するとも。酒によって面倒な姉の世話を考えなければ、俺も楽しい。


「連休のどっかでバーベキューしよっかー。子供の日は外出するから忙しいけど」

「いいわね。今夜とかどう? それまで、愛奈のことしっかり鍛えるのもありね」

「え? 樋口さんそれは。こ、今夜はいいかなー?」

「お姉さん! わたしと悠馬は明日も、武器作りのためにこの家に来ると思います。愛奈さんも一緒に来ますか? 樋口さんと一緒にトレーニングのために」

「お、お姉さん言うな。あと、トレーニングは遠慮したいなー。わたしは連休中、ゴロゴロするっていう大事な用事が」

「この近所に、連休中ずっとトレーニングしたがってる知り合いがいますので、紹介しますよ」

「なによそれ!? ずっとトレーニングしたい知り合いって、この公安以外にいてたまるものですか」

「陸上部の部長ですよ」

「うっわー。体育会系はこれだから」

「さあ愛奈さん、明日もここ、来ましょうね。断ってもわたし、家まで迎えに行きますから!」

「えー。やだー」


 愛奈は本気で嫌そうだけど、遥も本気で俺の家に上がるつもりのようだった。愛奈がどうというよりは俺に会いに行くのが主目的のようだ。

 そして畳み掛けるように。


「先輩! 街の平和のために頑張る先輩はすごいです! トレーニング頑張ってください!」

「あー。あうー。ああー」


 どんなため息だ。麻美に見つめられて、愛奈は一歩引き下がる。


「あうー。後輩の期待の眼差しが怖い……わかりました。やります……」

「頑張りましょう愛奈さん! わたしとラフィオも一緒にトレーニングしますから!」

「なんで僕まで。まあいいけど」

「若い人って、なんでこうやる気なのかしら……」


 多分、若さは関係ないと思うけど。



 翌日。


「朝ですよお姉さん! 起きてください!」

「ぎゃー!?」

「遥。もっとフライパンの中心を狙え。力加減はそれでいいけど、もっとペースを早く。愛奈を休ませるな」

「はい師匠!」

「ちょっ! なに変な技伝授してんのよ!? 休みの日くらい休ませてよ!」

「お姉さんが堕落しないよう、わたしは頑張ります!」

「いーやー! 堕落するの! 将来的には悠馬に養ってもらって家でニートするのが目標です!」

「堂々とニート宣言しないでください!」

「遥、もっと早く叩くんだ」

「やめてー!」


 俺が数年かけて完成させたフライパン叩きのテクニックは、遥がマスターするには時間が掛かりそうだ。

 愛奈が起きたからいいんだけど。


 こうやって愛奈を部屋から引きずり出し、リビングでラフィオを襲っているつむぎも連れて、昨日と同じく市川邸へと向かう。

 麻美さんは出迎えてくれてコーヒーを淹れてくれた。目は最初から覚めてたけどな。愛奈を起こすには、こちらも十分に覚醒していなければならないのだ。


 少し遅れて樋口がやってきた。車に乗って、だ。


 後ろのトランクに、鉄製の棒やら小さなチェーンやらが入ったホームセンターの袋が入っている。


「買ってこいって言われたのよ。武器とアクセサリーの部品」

「ありがとうございます樋口さん! 助かりました!」

「公安をパシリに使うなんて、いい度胸してるわね」

「わたしは家の用事とかありましたから。あと機械の準備とか」


 仲良くなっているようでよかった。俺の周りに、年上の協力者ばかりが増えていく。


「よし、じゃあ愛奈、走るわよ」

「えー。てか、なんで名指し?」

「他はみんな、準備できてるからよ」


 俺もそうだし、つむぎは学校の体操服を着ていた。ラフィオも短パンにシャツの、走れる格好。


「うう。なんでみんなやる気なのよ……ラフィオまで」

「世界を守る気概があるからね。あと、僕も鍛えることでモフモフ悪魔に勝ちやすくなりたい」


 そのモフモフ悪魔本人の前で堂々と言えるラフィオの性格、いいと思う。


「えへへ。一緒に頑張ろうね!」


 悪魔本人が全く気にしてないのも、すごい。


「ううっ。やる。やってやる。終わったら焼き肉よ」

「明日はテーマパーク行くんでしょ? あまり飲みすぎないようにね」

「うーあー。わたしの連休、忙しすぎる……」


 嫌そうな声をあげた。そう、模布湖ウサギさんランド行きの予定もあるんだよな。


「なによ嫌そうに。わたしだって行きたいのに」

「あ、やっぱり樋口さん、モフモフ好きですよね顔に似合わず」

「うるさいわね。とりあえず走りなさい。ルートはここ。ちびっ子たちは三周で、あなたたち姉弟はとりあえず六周ね」

「頑張ってね、みんな。特にお姉さん。はちみつレモン用意してますから!」

「やだー!」


 不平を言いながら愛奈は走り出す。たぶんランニング中、ずっとうるさいんだろうな。

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