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3-23.根っからの善人

 別に俺がやっても結果は変わらないとは思う。でも樋口の方が年上だし。立場もあるし。あと強いし威圧感も出せるし。


「はい。魔法少女のひとり、シャイニーセイバーが、あなたの仕事上のパートナーになる予定なので」

「え? パートナー?」

「俺の姉です。双里愛奈」

「え? え? 確かに営業で、女の先輩についていって勉強しろと言われてましたけど……それが、魔法少女?」


 そうだよな。理解が追いつかないよな。


「外回りの営業職なので、姉は日中に怪物が出現しても比較的対処しやすい立場にあります」

「あー。はい。それはわかります。外回り営業は自由時間が多い。散髪以外は何してもバレないって」


 それ、営業職の中では定番ネタなのか?


「なので姉に同行者が出来た場合、怪物の対処が遅れることが懸念されます。他の魔法少女はふたりとも学生で、日中は自由に動けないので」

「同行者とはわたしのことですね。なるほど、事情はわかりました。そういうことでしたら協力させてください」

「え? 本当に?」


 あっさりと望んでいた答えが出て、俺は拍子抜けしてしまった。

 いや。麻美さんいい人だし、面倒なことにはならないと思ってたけど。


「何をすればいいんですか?」

「とりあえずは、姉が変身しないといけない状態になったら、それを黙認してほしい」

「うんうん。任せてね!」


 俺を相手に話す時は、敬語ではなく年下向けの親しげな口調にしてくれた。

 この親しみやすさに免じて、もう少し踏み込もう。


「あと、戦いで忙しくて姉ちゃんは時々仕事がうまくいかなくなることもあるかも」

「なるほど! 仕事の面でも、先輩をこっそりサポートするってことかな」

「はい、そんな感じです。……疲れてたら、多少仕事をサボることも見逃してあげてください」

「いいよ! 魔法少女って大変そうだもんね」

「同意が軽すぎる」


 最後のは、ちゃんと麻美さんに聞こえないよう小声で言ったぞ。


 魔法少女の戦いに関連付けてだけど、愛奈本人の性質で仕事ができないことへの協力まで取り付けられるとは思わなかった。


「あの。なんでそんなに協力的なんですか?」


 裏があるとは思ってないけど、この人にも利があるとは言えないお願いだ。

 仕事でやってる樋口とも、仕事上の利がある澁谷とも、市民の安全のためにやってる市長とも立場が違う。


 単に、よく知らない職場の同僚のために秘密を抱えるのは割に合わないことだと思う。


「それはね。たぶんわたしも、おじいちゃんと同じ考えだからかな」

「え」


 まさかこの人も、怪物を殺すために手製の槍を振り回す気かと一瞬身構えたけど、そうではない。


「テレビで自分より年下っぽい女の子が戦ってるのを見て、すごいなーって思ったの。ひとりは年上だけど、それでもわたしと大きく違わない。もちろん、魔法少女じゃないのに顔を隠して戦う悠馬くんも、そのひとり。そんな人たちが戦ってるのを見て、すごいな。なにか力になりたいなって思ったの。せっかく、魔法少女のいる地元に帰ってきたのもあるし」


 麻美さんは慈悲の心がこもった柔らかな笑顔で言った。それからふと、リビングの一角に転がっている槍を見た。


「おじいちゃんみたいに、自分で武器を作って戦おうまではいかなかったけどね」

「そうですね。あれは極端です」

「ええ。だけど力になりたいのは同じ。そしてわたしは幸運にも、普段の魔法少女と関わることができた。だったら協力するのは当然じゃない?」

「……はい」


 第一印象から何も変わらない。

 この人は根っからの善人だった。


「案外、そういう人は多いんじゃないかな。興味本位で魔法少女を見てる人も、街の平和を守るのが当たり前だと捉えてる人も多いかもしれない。けど本気で力になりたい人も多いはず」

「それは……はい」


 いるだろう。澁谷や市長はまさしくそれだ。


 思いが強すぎて道を踏み外したティアラみたいな例もいるから、簡単ではないのだけど。


「だから、協力をお願いすれば味方になる、わたしみたいな人がこれからも出てくるかもね。その時は素直に頼っていいと思うな」

「麻美さんは」

「どうしたの?」

「善人の中でも飛び抜けてます。立派です。姉ちゃんにも見習ってほしい」


 駄目だ。普段目にしてる社会人があれだから、眩しすぎて変なことを言ってしまった。


 俺の態度がおかしかったのか、麻美さんはふふっと笑った。可愛らしいものを見るような目だった。 


「麻美でいいよ仲間なんだし。敬語もいらない。あなたも、その方が呼びやすいでしょ?」

「あー。そう……です。そうだ。お世話になる……なります」


 呼び捨てはともかく、敬語の方がやりやすいかも。相手が立派だから。


「姉ちゃんたちと会いますか? 協力してくれるなら、顔合わせは早い方がいいかなって」

「なるほど! それは確かにね。じゃあお言葉に甘えちゃおうかな」

「戦闘はもう終わってるはずよ。そろそろ戻ってくるんじゃないかしら」


 樋口が自分のスマホの画面と、庭の車椅子を見て言う。

 遥はここに来るだろう。けど残りの三人は、来る理由がない。たぶん途中で別れているはず。

 俺も愛奈に電話をかけた。


「姉ちゃん。全部バレた。けど麻美さんはいい人だから協力してくれるって」

『ほんと!? 仕事サボるのも!?』

「そうだよ……」


 真っ先に出るのがそれなんだよな。魔法少女の戦いで仕事を抜けることじゃなくて。


 会わせたいからこっちに来てくれとお願いすると、やたら嬉しそうな声で同意した。


 懸念事項が解決して浮かれている。

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