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3-21.立派なおじいさん

 彼女は自分が祖父ほど強くないことをわかっていて、武器を持って興奮している相手に手を出せず距離をとって呼びかけるだけ。もちろんそれでは、相手を止めることはできない。

 遥がおじいさんの前に車椅子を動かして進路を塞ぎ、俺はなんとか槍を振りまわす彼を掴もうと試みる。


 ここに至りようやく、発明おじさんは俺の存在を把握した。


「なんじゃお前は!?」

「お邪魔してます。工作機械に興味があって来ました。おじいさん落ち着いてください」

「断る!」

「おっと!」


 風切り音と共に手製の槍が振られる。このおじいさん、かなり力が強いな。けど武道を習ったとかではないらしい。動きは隙だらけだ。

 樋口の方が隙がないし、さすがに黒タイツどもより強いことはない。つまり俺なら制圧できる。


 再度振ってきた槍をかわして、柄を掴む。さらに引っ張っておじいさんの体をよろめかせた。


 つんのめりながら、転倒は避けられたおじいさんだけど、無防備になった瞬間に俺に腕を掴まれてしまう。


「じいさん無茶はやめてください。こんな高校生に勝てないんですから、怪物と戦うなんて無理ですよ」


 諭すように語りかけるけど、高校生のガキの言葉が老人の心に響くとも思えなかった。


「じゃがな! 儂は戦わねばならんのじゃ!」

「なんでだよ。戦いは魔法少女に任せておけよ」

「ならん! あんな若い、子供たちに戦いを任せて自分は見ているだけじゃと!? できん! 大人なら自分で戦わねばならん! それが大人の務めじゃ!」

「……」


 正論とは思わないし、この老人に戦いの場に出てほしいとも思わない。

 けど立派ではあった。この変人とも言える老人が、なぜご近所さんから慕われてるかは理解できた気がした。


 俺がそう考えた瞬間、腕の力が少し緩んだのだろう。


 老人は俺の手を振りほどき、長年現場を任されてきた自負とタフネスさを感じさせる俊敏な動きで槍を拾って門の方に走っていく。


「待て!」

「悠馬。ご老人には丁寧な言葉遣いをするべきだよ!」

「相手がおとなしかったらな! 麻美さん一緒に追いかけましょう! 遥は安全そうなところに隠れてろ!」


 俺はそう言いながら麻美さんの手を掴んで駆け出した。少しだけ遥に振り返り目配せする。

 遥も俺の意図を察していて、親指を立てた。


「麻美さん。あの人は」

「ごめんなさい! 怪物が出たってニュースで見た時から様子がおかしくて! みんなを守らないとってずっと言ってて、自分で武器まで作って!」

「正義感の強い人なのはわかりますけどね」

「近くに怪物が出たら倒すのが自分の使命だ。若い子だけ危険な目には遭わせられないって!」


 使命感も強い。そして行動が突飛だけど善人。ただしそれで家族を困らせている。

 面倒な人だ。自分で武器を作る技術があるから勝てる気になれるっていうのもたちが悪い。


「捕まえた!」

「何をする!?」

「もうすぐ魔法少女が来ます! 黄色いやつがダッシュで! それに任せて逃げてくれ!」


 おじいさんに追いつき羽交い締めにする。ランニングの運動を普段からしてて良かった。

 このままライナーが追いつくのに任せて、あと愛奈たちもすぐに駆けつけるだろうから、俺はこのじいさんを一旦家に連れて帰って遥を探す素振りを見せながら現場に戻ればいい。


 そう考えていたのに。


「フィー!」

「ああくそ」


 黒タイツの集団がこっちに気づいて駆け出してきた。

 じいさんも、そんなに強くなさそうな敵を見て興奮を強めたようだった。まったく、面倒だ。


「麻美さん! この人を頼みます!」


 そう言ってじいさんを押しつけ、ついでに持っていた槍を奪って黒タイツに対峙。樋口の教えはちゃんと覚えている。複数人を一度に対処しない。投げ技を基本にする。


 先頭の黒タイツが掴みかかってくる腕を逆に片手で掴んで、相手の勢いを利用しつつ力の方向を変えてバランスを崩す。ついでに当て身も少ししてダメ押し。

 転倒した黒タイツにとどめを刺したかったところだけど、すぐに次の黒タイツがきた。そいつの一撃を避けて、さらに後ろにいた黒タイツへと踏み込む。

 やることは同じ。腕を掴んで投げて倒す。うまくいった。


「フィー!」

「あ、まずい」


 麻美さんは自分の祖父を確保するのに手間取っていた。おじいさんが暴れていのが大きな問題だ。

 そこに、最初に俺が倒した黒タイツが起き上がって襲ってきた。


 すかさず助けに行こうとするけど、今俺がこけさせた黒タイツが足元に腕を伸ばしてきた。

 その腕を踏みつけて、槍で首を突く。さすがにこれで死ぬはずだ。


 その間に二体の黒タイツが麻美さんと老人に迫り、俺はそれに間に合わないのだけど。


「おりゃー! 黒タイツ覚悟!」


 黄色い魔法少女が駆けつけて、二体まとめて飛び蹴りで倒した。

 頭を強く蹴られた衝撃で、黒タイツたちは死んだらしく消滅した。


「こんにちははじめましておじいさん! あとお兄さんとお姉さん! はじめまして面識は今までありませんでしたけどお怪我はないですか!?」


 自分が遥とは別人なことを強調したいのは理解できる。そのせいで、ものすごく変なことを言ってしまってるけど。

 遥に芝居の才能はないな。


「もう大丈夫ですからね! あなたたちと初対面の魔法少女シャイニーライナーが怪物をやっつけますから!」

「フィー!」

「おおっと!」


 新しい黒タイツがやってきた。ライナーは一瞬で前に出ながら回し蹴りをして、蹴り殺す。

 蹴りだけで首を折って命を奪うなんてエグい技を躊躇なくやれるのだから、戦いの才能はあるんだよな。


「悠馬! じゃなくて初対面のお兄さん! この人たちを安全なところに!」

「はいはい」


 名前呼ぶなよ。魔法少女の姿で。

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