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3-20.フィアイーター出現警報

「お姉さんはなんの部署で……って、答えにくいよね。うん、会社で会ったら挨拶するね。双里さんだよね」


 一度名乗っただけの、そんなにありふれてはない名前も覚えてくれている。

 別に答えにくい質問ではないけど、なにか事情があるかもと気を遣うこともできる。


「そうだ、使ってる所、見る?」

「いいんですか?」

「ええ。こういうの、見る機会あんまりないでしょ? えーっと」


 ガレージの一角には、鉄パイプや鉄板、鉄の角材なんかが転がっている。何かに加工した後の端材なんだろう。


「削ってるところとか、見るだけでも結構楽しいからねー。小さい頃のわたしも、おじいちゃんが使っているところを見て憧れたものだよ」

「そうなんですね」

「小さい子が遊びに来たときとかは、旋盤でロケットっぽいものを作ってプレゼントしたりすると、喜ぶよ」

「普段からやってるんですね」


 小さい子供に社交的なら、大人に対しても同じだろう。愛奈とは大違いだ。

 愛奈が勝てない性質を短時間でこうも並べられてしまっては、さすがに同情する。


 困るのは愛奈だけだし頑張ってもらわないと。


「さすがにロケットっぽい加工物を貰って喜ぶ年頃じゃないよねー。じゃあ、旋盤でどれだけ細かい加工ができるかを見せ――」


 不意に、麻美さんは何かに気づいて言葉を途切れさせた。それからポケットからスマホを取り出した。

 俺たちも同じだった。俺と遥のスマホが震えながら、警告音を出す。

 市内に一斉に送信されるエリアメールだった。


 市長の名前で、災害時や警報が出た時に送信されるやつ。そして災害とはこの場合、フィアイーターの出現だ。


 こんなことは初めてだったけど、いずれはシステムとして導入されるのはありえること。

 特に市長は俺たちに協力的だったのだから。携帯会社との連携の関係で、実装がこのタイミングになったんだろうな。


 よりによって今、という感じだけど。


 フィアイーターが出現した時間と場所が書かれている。時間は数分前だ。

 出現した瞬間に気配を察知できるラフィオと比べれば、市民の通報頼りの配信だからタイムラグはあるか。けど、ラフィオがいなくても敵が出たことを把握できるのはいいな。

 場所に関しては、ラフィオよりもずっと詳細な情報を得られた。


 今回の場合は。


「近いね。まさにここだよ」


 この住宅街に住んでいる麻美さんが自分のスマホを見て深刻そうに言った。


 確かに、樋口から渡されたここの住所のすぐ近くだ。

 近いことは幸いだ。俺も遥もすぐに駆けつけられる。


 問題は。


「あの。俺たち帰った方がいいでしょうか」

「いいえ。ここにいて。外は危険だから」

「あー……えーっと……」


 だよな。この人、良い人だから。客人を怪物が暴れている外に追い出すなんてしない。


 魔法少女が来て怪物を倒してくれるまで家に匿い、もし怪物が家に攻め込んで来たら一緒に対処する。そんな人だ。

 客人が車椅子の女の子だったら、なおさらだろう。その子が魔法少女で、ここから一刻も離れて怪物を倒さないといけないのだけど。


 愛奈とは比べ物にならないくらいに良い人だけど、それが仇になってしまっている。


「どうする? 無理矢理出ていく?」

「そうするしかないけど、避けたい。姉ちゃんの今後の仕事の影響を考えると」

「あー」


 麻美さんは俺の名前をしっかり覚えていて、同じ苗字の姉と近く確実に仕事で関わる。


 ここは、麻美さんとは穏便な形で別れたい。


「とりあえず、家に案内するね。そっちの方が外の様子がわかるし」

「はい……ありがとうございます……」


 見晴らしの悪い閉じたガレージよりは、一旦外に出た方がいい。


 ガレージを出て庭を横切り、大きな家に向かう。ちらりと敷地の外を見たけど、フィアイーターや黒タイツの姿は見えない。声も聞こえなかった。

 ただ、人々が走っていたり不安げに窓から外を見ていたりと、慌ただしさはあった。


 それから慌ただしいといえば、門から勢いよく敷地内に駆け込んでくる男がひとり。


 顔に刻み込まれた皺から、老人なのはわかる。髪は禿げてはいないけど、白髪混じり。それなりに歳をめしているのはわかった。


「麻美! 無事か!」

「おじいちゃん! どうしたのそんなに走って」

「怪物が出た! この近くにじゃ!」


 なるほど、おじいちゃん。つまり発明じいさんか。


 社会人の孫がいるとは思えない、年齢を感じさせない力強さでこっちに駆け寄ってくる。


「今そこ奴らに立ち向かう時じゃ!」

「待っておじいちゃん! 危ないって!」

「皆を守らねばならんのじゃ!」

「動きは若々しいけど、口調はおじいちゃんだねー」

「そうだな。人間、歳取ると自然にあんな口調になるのかな」

「なるのかなー? なんでお年寄りって、あんな話し方になるんだろ」


 なんて呑気なお喋りをしながら、俺と遥はこの隙に逃げ出せないかを伺う。

 どうやらそれどころではないらしいけど。


 おじいさんは先ほど俺たちがいたガレージに駆け込むと、何かを持ってすぐに出てきた。

 細長い鉄の棒の先に、尖った金属がついている。刃というよりはかなり長い円錐という感じで、鋭くて突かれれば怪我をするのは間違いない。


 槍の一種だと思われる。たぶんお手製。先端は旋盤加工なんだろうな。


「麻美お前は隠れておれ! 儂は奴らをぶっ殺してくる!」

「いやいや! おじいちゃんやめて! 怪我するってば!」

「儂の街は儂が守る!」

「ああもう! 老人のくせに強い! ごめん! ふたりとも手伝って!」

「あー。はい……」


 麻美さんは俺たちのことを忘れていなかった。おじいさんは俺たちなど眼中にないって様子だけど。

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