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3-18.発明じいさんとその孫

「発明じいさん?」

「ええ。定年退職後に趣味でいろんな発明をしてご近所さんに提案している、少し変わり者のおじいさんです」

「役に立つかどうかは半々だけどね。けど良い人だし悪い話は聞かないし、みんなから慕われてるよ」

「発明って、例えばどんな?」

「自動でコーヒーにミルクを入れて混ぜてくれる機械ですとか……かき混ぜるモーターが強すぎて、コーヒーが半分溢れてしまうのが難点ですけど」


 それは役に立たなかった発明かな。


「でも大工仕事とかも手伝ってくれるから、みんなから慕われてるのは本当だよ」

「ということは、退職したお仕事は大工さんだったんですか?」

「違ったと思う。製鉄所で働いてたって」

「製鉄所」


 模布市には大小数個の製鉄所が存在する。姉ちゃんの仕事とも関わる業種だから、多少なりとも知っている。


「そこの現場で、改善活動を頑張ってきたって、いつも自慢しているよ。どういう意味かはよくわからないけどね」

「生産性とか安全性を上げるための活動ですよ。そのために設備を改造したり、治具を作ったり」


 俺が仕事の内容を説明できることに、みんなが不思議そうな顔をした。


「改造? 治具?」

「その人がどんな現場にいたかはわからないですけど……」


 例えば作った鉄の余りカスとか、鉄粉なんかが製鉄所には至るところで発生して、それの掃除は仕事の中でそれなりの比重を占める。

 掃除をしやすくしたり、鉄カスや鉄粉が自動的に一箇所に集まるように設備を改造するのが、改善活動の一環。あるいは掃除しやすい道具を作るとか。

 事故が起こると生産が止まって大きな損失が発生するから、未然に防ぐ安全対策も改善活動のひとつだ。


 道具を買ったり、設備の改造の場合は工事とかになるのだけど、簡単なことで作業性を多少なりとも上げられるなら作業者が自ら行ったりする。

 素材を買ってきて、切断したり穴を開けたり削ったりして道具を作る。危険な所に入り込めないように柵を取り付ける。


 素材は大抵が金属。つまり金属切削の作業が発生する。


 そのための設備と道具を売りつけるのが、姉ちゃんの仕事だ。


「へえ。詳しいのですね」

「はい。姉が仕事でそういう話をするので」


 解説してしまった俺は、知ってる理由付けとして姉のことを言わないといけなかった。

 先輩ふたりも遥も興味深そうに聞いていた。そして。


「なるほどなるほど。つまり悠馬くんは、お姉さんのために発明おじさんを尋ねるんだ」

「なんでそうなるんですか」


 いやまあ、尋ねるのはおじさんではないのだけど。似たようなものだけど。

 姉ちゃんの駄目さを知らない先輩が、そこを繋げて考えるものか?


「製鉄所でバリバリ働いてたおじさんの家にある機械がどんなものか調べて、お姉さんに伝えて今後の仕事の参考にしてもらう。違う?」

「あー。えーっと……」

「お姉さん思いの、いい弟さんですわね。お姉さんの仕事の助けになればと思うなんて。優秀な方がどのような設備を使ってるかを知るのは大切ですものね。特に個人で機械を買うような方なら」

「なんで生徒会長まで同意してるんですか」


 いや、それよりも。


「持ってるんですか、機械。切削機械を?」


 個人の家で?


「そうですわ。大工仕事よりも、金属を加工して便利なものを作る仕事を主にやっているようですし」

「なんだっけな。千……千番目、みたいな道具」

「旋盤」

「そうそれ! あとボールがどうとか」

「ボール盤」

「それだ! 詳しいね!」

「姉から聞いたことがあるので」


 旋盤は削りたいものを回転させて、刃で切削する機械。ボール盤はドリルで穴を開ける機械だ。

 工場に置いてあるのは珍しくないけど、個人が持ってるとか聞いたことないぞ。


 でも、持ってるのか。それは確かに気になるけど。


「そうなんです! さすが部長ですね! 悠馬はお姉さんのために、噂を聞きつけてやってきたんです! 本当に機械、持ってるんですね!」

「おい」


 なんで遥が勝手に同意している。親指を立てるな得意げな顔をするな。


「ちなみにですけど、その人にお子さんかお孫さんはいますか? 大学を卒業したてくらいの歳の」

「あー。お孫さんがいるらしいですわ。東京からこちらに戻って働いていると」

「なるほどなるほど。ちなみにどんな方でしょうか」


 勝手に市川麻美のことまで踏み込んで遥は聞いてきたけど、先輩ふたりは気にする様子もない。


「小さい頃から、おじいさんのやっていることを見ていたそうですわ。安全には十分配慮した上で、機械を使って工作をしていたとか」

「なるほど……」


 姉ちゃん。残念ながら相手はガチだぞ。

 この仕事に就くべくして就いた人間だ。



 じゃあ頑張ってねと先輩たちは声をかけてからランニングに戻っていき、俺は再び車椅子を押して市川さんの家へと向かう。


「どういうことだよ。勝手に俺の訪問理由を決めて」

「でも、いい感じの理由でしょ? 愛奈さんがサボりたいってことは伏せて、そういう仕事のお姉さんがいるから発明おじさんに興味が出たって感じで会うの」

「……なるほど」


 愛奈の性格については隠さないといけないけど、存在自体は明らかにすればいいか。噂で聞いたユニークなおじさんに、そういうのが好きな高校生が訪ねてくる。おじさん自体は社交的な人らしいし歓迎されるかな。

 そこから本命の麻美さんを探ればいい。後に愛奈の正体が明るみに出たときは、姉と勤務先が同じだとは知らなかったと白々しく言わせてもらおう。


 俺が納得すると、遥は案の定親指を立てて得意げな顔をする。これがなければな。

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