子供の日といえばゴールデンウィークの平日の休みの最終日で、連休も一区切りつく日。子供たちが主役の日だ。
そして模布湖ウサギさんランドは、この県の住民にはメジャーな遊園地。
ウサギを始めとして動物を多く飼っていて触れ合うこともできる動物園の性質も持ちつつ、ジェットコースターやお化け屋敷なんかもある、れっきとした遊園地だ。
テレビで人気のヒーローやヒロインのショーなんかもやっていて、日曜朝の子供番組でもよくCMを見る。
小学校の遠足や、家族の休日のお出かけ先としても定番の場所だ。
小学生の集まりが行く場所としては適していると言える。
「懐かしいわねー。いやでも、小学生が何人くらい?」
「十人くらい」
「無理無理! そんな数の小学生、引率とかできない!」
「別に姉ちゃんだけでやるってわけじゃないからさ。他の父兄の方も何人か来るらしいぞ」
つむぎが俺の言葉に頷いている。それから。
「あのね愛奈さん。ももちゃんと長谷川くんも一緒に来るの。ももちゃんから、ふたりが仲良くなれるようにお願いされてるんです」
ラフィオのことが気になるクラスのみんなのための集まりだけど、その流れに任せて例のおしゃれ男子も誘ったらしい。
そいつがラフィオに興味があるかは知らないけど、そうやってクラスメイトと遊ぶことに魅力を感じる程には社交性がある子みたいだ。
さすがおしゃれ男子だ。
「うー。そういうことなら……でもなー……連休は家でゴロゴロしたい」
「気持ちはわかるけど。一日くらい連休っぽいことしてやろうぜ」
「他所の子のためにかー。よし! いいけど悠馬、代わりにやってほしいことがあるの」
「なんだよ」
つむぎのための引率だけど、対価は俺が払うのか。内容によるし、やれることならやるけど。
「悠馬も一緒に来て、手伝って」
「あー。わかった」
それは仕方ない。高校生が小学生とその親御さんの集まりに混ざることに違和感があるかもしれないけど、愛奈だけでは不安なのも確かだ。
「わたしも悠馬とのデートにガキどもが混ざってると思えば、我慢できる」
なんだよそれ。
けどデートとなれば。
「遥も連れて行くか?」
「んー。連れて行かなきゃあの子うるさいでしょうしね。ひとりだけ放っておかれるの、恨みそう」
愛奈は不服そうだけど仕方ない。
「あと、もうひとつあるのよ。こっちの方が大変かな」
「聞こうか」
「昼くらいに樋口さんから連絡があって、例の後輩ちゃんのことがわかったの」
「あー」
そんなこともあったな。連休明けに、愛奈と一緒に外回りで仕事を覚えてもらうことになる後輩の女。
愛奈にとっては、仕事をサボることと魔法少女の活動の邪魔になりかねないから警戒しないといけない相手。
そんな個人的な理由で、愛奈は公安を動かした。
「その後輩ちゃんのこと、探ってほしいの」
「具体的には?」
「その子と接触して、どんな子なのか探る。真面目で不正を許さないタイプなのかどうかを」
「姉ちゃんと同じような、真面目じゃない人だったら嬉しいってことか」
「ええ。いや待ちなさい。どういう意味かしら」
「人となりを知るだけでいいのか?」
「真面目そうなら趣味とか知りたいわね。向こうの好みに合わせた先輩を演じることで、態度を柔らかくさせるの。そしてわたしの望む方に誘導する」
適度に手を抜く仕事のやり方へ、か。
「それはやめとけ。無理だ」
「なんでよ」
「姉ちゃんは相手に合わせた仮の人格を演じるなんて、器用なことはできない」
「そ、それは……そうだけど……」
もっと別の方法を考えるべきだ。
「どうするかは、相手のことを知ってからだな。わかった。協力してやる。その人について、わかってることを教えてくれ」
「情報はポストに投函したって」
「なんでそんなことを」
いつの間にか家の郵便受けに入っていた書類に、その女の情報が記されていた。
直接渡してくれればよかったのに。こっちの方が秘密組織みたいでかっこいいとか、小粋な公安ジョークとかなのかも。
とにかく読んでみる。
市川麻美。今年入社の二十二歳。地元はこっちだけど、大学は東京の公立大学。就職で地元に戻ってきたわけだ。
工学部材料工学科卒業。
「姉ちゃんと同じ?」
「同じ分野ねー。大学が違うから、学んでることもちょっと差があると思うけど。あと研究室のテーマなんかも違うと思うわ」
「でも、話しは合うかもしれないな」
「かもね。相手が、こっちを田舎者だと馬鹿にするかもしれないけど」
「いやいや……」
「というか、最近知り合いになる同年代、なんでみんな東京の人なのかしら」
愛奈が一番、東京じゃないコンプレックス持っている。たしかに樋口は警視庁所属だし、澁谷は東京の大学を出てこっちで就職だけど。
「はー。都会人怖い」
「この街も割りと都会だけどな」
日本第三の都市がどこかは議論が分かれるところではあるけれど、その際に最も名前が上がる都市だ。
「実際会ってみるまで、どんな人かはわからないな」
書類には数枚の写真も添付されていた。家から出た所を隠し撮りしたと思しきものと、免許証の写真らしい正面からの顔のアップ。
長い髪を後頭部で巻くようにまとめていた。穏やかそうな表情をしていたし、それは他者から見られていることを意識していないはずの隠し撮り写真でも同じだった。
それを見る限り、そう凶悪で性格が悪い人には見えないけれど。
「この仕事してるのに髪が長いとか……」
「なにか規則に違反してるとか?」
「ううん。こうやって結んでたらいいけど。実際、これで怒られてないわけだし」
「だったらいいじゃないか」
「でも、こっちの方が楽なのよねー」
愛奈が短い髪を指先でクルクルと弄んだ。